第6話 「蒼い兎」に勝てる可能性
「えっ、ちょっと何――ぎゃっ!」
続いて今度は、何が起きたか理解できず周囲をキョロキョロ見回していたテイーサが、背後から強烈な一撃を食らって吹き飛んだ。
「「や、やべえこの兎……!」」
流石にこうも立て続けにメンバーがやられると、残ったメンバーのモルディ、イニュマは警戒態勢に入らざるを得なくなった。
しかし、今更警戒しても時すでに遅しだった。
「逃げるz……ぐはっ!」
「イニュマ! クソっ……俺だけでも逃g――ガハッ!」
それぞれ反対方向に逃げようとしたが、目にも留まらない速さで動ける兎を人間がダッシュ程度で撒けるはずもない。
彼らもまた立て続けに体当たりを受け、地に倒れ伏すこととなってしまった。
兎は草食動物のため、敵意を持つ生物を襲うことはあれど、他の生物を獲物と見なして攻撃することはない。
戦闘不能状態に陥った彼らに興味をなくし、トドメを刺すことなく去っていったことだけが、彼らにとっての唯一の救いだった。
◇◇◇[一方、その頃のネヴィン]◇◇◇
狼を奇跡的に倒した翌日の朝。
いつもより少しゆっくり起床した俺は、冒険者ギルドに行くでもなければ薬草採取スポットに行くでもなく、家からギルドに向かう途中にある喫茶店に入ってパンとコーヒーを嗜んでいた。
この喫茶店はだいたい四年前にできたお店で、特に焼きたてのパンが美味しいとの評判から多くの客で賑わっていた。
といっても、俺は今まで超節約生活を送っていたため……当然喫茶店に費やすお金などあるはずもなく、気になってはいながらも一度も来店したことがなかったが。
今日は特別に、「今までひたすら頑張り続けてきたんだから一日くらいいいだろう」ということで、初めてこの店に立ち寄ることにしたわけだ。
その感想は……一言で言えば「最高」だった。
外はサクサク、中はモチモチ。
ここのパンは、今まで俺が人生で食べたどんなパンよりも美味かった。
ただでさえ、ここ二十数年はほぼ廃棄品ばかりとまともじゃない食べ物ばかり食べていたのだから、その反動もあって一口一口がまさに感動ものだ。
コーヒーも香りから既に上品で、店内の雰囲気も落ち着いており、俺はこの店に一日中居座りたい気分になってしまった。
流石に店員にとっても迷惑だろうから、実際そこまで長時間居座るつもりはないが。
それでも少しでも店内に長く留まろうと思い、俺はパンを一口一口ゆっくり噛み締めながら食べていった。
最後の一口は特にゆっくり、よく噛んでから飲み込む。
名残惜しいが、完食してしまった以上は今日はもうお会計だな。
また今度稼ぎに余裕が出たら来よう。
そう思い、席を立った俺だったが――その瞬間、ドアがバタンと開いて一人の男が入ってきた。
そんなに息を切らしてどうしたよ。
みんな落ち着いて店内の雰囲気を楽しんでるんだから、もうちょっとおもむろに入ってきてくれればいいものを。
なんて思っていると――ひと息ついた彼の口からは、衝撃の発言が飛び出てきた。
「なあみんな、聞いてくれ! 『オミクロン』の奴らが……全員満身創痍で運ばれた!」
……え?
今なんて言った?
想定外の内容に耳を疑ったのは俺だけではないらしく……とたんに店内は、ざわざわとした空気に包まれた。
先程までエレガントな接客を繰り広げていた店員たちも、口をぽかんと開けたまま固まってしまっている。
「あ……あのエリート集団が⁉ いったい何があったんだ!」
客のうち一人が、入ってきた男にそう尋ねる。
「俺もそこまで詳しくは分からねえ……でも確かに見たんだ。全身痣だらけの『オミクロン』の連中が『ストライダーズ』に担がれて治癒院に入るところをよぉ!」
「ストライダーズ」……ああ、確かちょっと前別の街に移住したAランクパーティーがそんな名前だったか。
久しぶりに帰省する道中、たまたま途中で「オミクロン」のメンバーがやられてるところに遭遇して、まだ息してたから連れ帰った――みたいな感じなんだろうか。
ま、経緯とかはともかく……俺としては、「オミクロン」をボコボコにした何者かが「ストライダーズ」によって討伐済みなのかどうかだけが気になるところだな。
そんなのがまだ外をうろついてるんだとしたら、危なくてとても冒険とかに出かけられたもんじゃないし。
と、思いかけた所であったが……次の客と男の問答で、俺の気持ちは百八十度変わることとなってしまった。
「『ストライダーズ』からは何か詳しい話は聞いてねえのか?」
「一応、けが人を治癒院に預けて出てきたところに話しかけて事情は聞いてみたさ。でも……なんかよく分からない曖昧な返事しかもらえなかった。何者にやられたのかも分からないらしいし……唯一得られたのは、『オミクロン』の連中が終始『蒼い兎はヤバい』的なうわ言を言ってたらしいって情報だけだ」
脅威は未処理なのか。
じゃあ当分街から出るのはやめ――って、蒼い兎?
「蒼い兎って……なんじゃそりゃ? まさかあの天才様たちが兎なんかに負けるわけねえし」
「何の比喩なんだよ」
「蒼い兎」というキーワードについて、他の客たちがその意味について憶測を広げる中、俺は昨日のことを思い返していた。
蒼いといえば、昨日俺が偶然倒せてしまった狼と同じ特徴だ。
そして狼は通常俺が倒せる相手ではないのに、なぜか昨日の奴だけは一蹴りで瞬殺できてしまった。
逆に今日は、魔物としては最弱の系統である兎相手に、絶対負けるはずのないパーティーが一方的に嬲られたときたか。
これはもしかして……蒼い魔物、戦闘能力の多寡より相性とかのほうが勝敗を分けるファクターとして重要な敵なんじゃなかろうか?
我ながら馬鹿げた仮説だとは思った。
しかし頭ではそう思いつつも、俺の心は既に「蒼い兎」の討伐に向かってしまっていた。
もしこの仮説が正しければ、俺は「蒼い魔物」が相手でさえあれば、今後も狼やあるいはそれ以上の強さの相手を討伐しまくれる可能性が出てくる。
そうなれば、「短期間でがっつり稼いで早期リタイア」という夢のまた夢のようなことも実現できてしまうかもしれない。
仮説が間違ってれば俺も兎にボコボコにされ、最悪死ぬリスクもあるわけだが……どうせ昨日で終わってたはずの人生だ。
ここでそのリスクを負わないでどうする。
それに単純に、この状況でその兎に勝てば「オミクロンが敵わなかった奴を倒せた」ってだけでめっちゃ気分良くなるしな。
早速兎を探しにいこう。
「ストライダーズ」はこの街より西の方面に移住してたはずだから……帰省の道中で「オミクロン」を拾ったとすると、とりあえず西門から出て探索すれば兎にエンカウントする可能性は高そうだ。
などと予測を立てつつ、俺は急いでお会計を済ませる。
そして店から飛び出すと……俺は逸る心を抑えながら、一目散に西門から街の外へ向かった。
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