閑話

閑話1:亜人と人間

 ケリーとイリス夫妻が念願の離島生活を始めていたころ、エルフの森にある大集落で、世界中の種族の長が集まって話をしていた。

「しかし、つい此間こないだまでは想像もしていなかった光景だな。」

 この集落の首長であるレミラが、集まっている人たちを見ながらそう言った。

「そうだな、私達『ハイエルフ』が全員集まるのもそうだが、大陸中の種族が集まるとなると初めてではないか?」

 レミラの横で、別の集落の長である「ハイエルフ」の「ティア」がレミラの言葉に答えた。

「まあ、それだけ今が危機的状況だという事だな。」

 同じくハイエルフの「マリア」が真剣な顔をしてそう言った。

「それにしても、良くこれだけ集められたな。確かに『共闘』することで数で圧倒的優位の『人族』に対抗できるのは理屈だが、そのような事は今まで考えたことがなかったのだぞ?」

「ああ、それはあそこにいるハーフリングの兄妹のおかげだ。」

 マリアの問いに、レミラは集団の一角で他種族と談笑しているハーフリングの兄妹を指さした。

「あの兄妹が各地にいる種族を廻って、説得したらしい。あの気難しい『ドワーフ』も説得したらしいから、大したものだ。」

「それを言ったら我々もだ。お前レミラから話を持ち掛けられたときは、正直面食らったぞ。」

「そうだ、あれだけ人間を憎悪していたお前レミラがまさか人間のいう事を信じるとはな。」

 周りのハイエルフ達からそう言われたレミラは、「フッ」と笑みを見せて、

「別に信じたわけではない。偶々たまたまいい機会にそのような話が来たから乗ってみただけだ。」

 と言った。

(しかし、先日私の元を訪れたあの人間、一見普通の小娘だったがとんでもない力を持っていた。我々ハイエルフが全員で対峙しても勝てるかどうかわからないくらいにな。)

 レミラは、ついこの前自分の元に来た人間の巫女「ニタリ」の事を思い出していた。

(皆にはああいったが、正直な所「信じざるを得ない」と言った感じだったな。)

 レミラがそのような事を思い出していると、ティアが「そういえば」と何か思い出したかのような口調で話し始めた。

「お前が前に言っていた『イリス』という者だが、他の者に聞いてみたが誰も知らないようだった。勿論私も聞いたことがない。」

「ふむ、そうか...。」

(もしかして、先日の人間の娘のように「見た目はハイエルフ」だけなのかもしれない。いくら何でもすべての同胞ハイエルフたちが知らないという事はないはずだ。)

「まあいい。それよりもこれからの事だ。これほどの種族が一堂に会するのはもしかして最後かもしれないので、この機会を逃すわけにはいかない。」

 レミラの言葉に、集まった各種族の長も頷いた。

「これまでの数々の恨み辛み、傲慢な人間どもにぶつけてやろうではないか!!」

「「「おおーーーーっ!!」」」

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 一方、キトナムフロボン国の王都の外れにある寂れた宿屋。ここに、とある集団が極秘に滞在していた。

「まさか、枢機卿が謀反を起こすとは...。」

「恐らく、機会をうかがっていたのでしょう。しかし、予想より早く動きましたね。」

 そう話すのは、カルディオ枢機卿の刺客から逃れた「元」女神教教皇の「パンパス」で、護衛の近衛兵と巫女の「ニタリ」と共にこの宿屋に逃げ込み、息を潜めていたのである。

「多分、シンビオス卿の動きが静観できない状態になったからでしょう。」

 パンパスの言葉に、ニタリがそう返した。

「あそこには、第3王女のピサーラ様が匿われておられるそうなので、それも一因かもしれません。」

「何でも、王女殿下を始末するために彼らのアジトに勇者たちが送り込まれたようですが、すでにもぬけの殻で空振りに終わったそうです。」

「しかし、レジスタンスに最強部隊の勇者一行を使うとは、本気度がうかがえますな。」

「それだけ、彼女を危険視していたという事でしょう。兎も角、今はここからどう抜け出すかを考えましょう。」

 今の所追っ手の気配はないが、カルディオには専属の「諜報暗殺部隊」がいるので、近いうちにこの場所も嗅ぎつけられてしまうだろう。

「ところで、猊下げいかはどのようにして『聖女』の言っている【神託】が『怪しい』と思われたのですか?」

 近衛兵の一人がそう尋ねると、パンパスは真面目な表情をしてこう言った。

「教会に残されている過去の【神託】の資料を調べてみてからですね。聖女が召喚される前までは滅多に神託が降りなかったらしいのですが、彼女が来てからかなり頻繁に神託が降りるようになったのです。」

「それと、神託の内容ですね。それまでの内容は抽象的だったのが、最近のはかなり具体的な内容になっていました。特に今回の神託については特定の種族が指定されていたので、一気に疑惑が深まりました。」

 パンパスの発言を黙って聞いていたニタリは、同じことを言っていたイリスの事を思い出していた。

イリス様大神様が仰られていたことと同じですね。聖女の言う事を盲信している周りの者達と違い、この方教皇は冷静に判断する知性を持っているみたいですね。)

 ニタリがパンパスについてそう評価していた時、宿の外が騒がしくなった。

「っ!まさか、もう見つかったのか?!」

 近衛兵の一人が小声でそう言って身構えたが、パンパスは目を瞑って外から聞こえてくる音に耳を傾けていた。

「・・・いえ、どうやらここではなく、王宮側へ大勢が移動している音のようですね。」

「もしかしたら、シンビオス領への進軍の為に兵を集めているのでしょうか。」

「かもしれませんね。」

「もしそうであれば、またとない機会です。この騒ぎに乗じて王都を抜け出しましょう。」

「しかし、どこに向かうのだ?もしシンビオス領に進軍するという事なら、そちらに向かうのは自殺行為だぞ?」

「とはいえ、このような機会はもう無いかもしれない。であれば、とりあえず猊下を王都から逃がすことが先決だと思う。」

 パンパスの言葉に、近衛兵たちは王都脱出の絶好のタイミングと思っているが、脱出した後シンビオス領に向かうのは無謀だという意見が出て、中々意見がまとまらない。

 そんな中、ニタリが「私が様子を見てきます。」と言ってきた。

「ニタリ、危険ですよ?私は反対です。」

 パンパスはニタリの身を案じて反対したが、ニタリは首を横に振って否定した。

「猊下、今ここに居る方々の中で外に出て様子を確認できるのは私が一番適任です。大丈夫です、これでも亜人たちの里に封書を届けて戻ってきたのです。」

「猊下は、皆さんと共にこの騒ぎに乗じて王都を脱出してください。私も確認次第直ぐに後を追います。」

 ニタリが力強く言ったことで、パンパスはようやく頷いた。

「・・・分かりました。確かにあの難題をこなしたあなたなら大丈夫かもしれません。ただし、少しでも危険を感じたらすぐに逃げてください。」

「はい、分かりました。」

 パンパスがニタリの手を握り、そう言うとニタリは微笑みながらその手を握り返し、宿の外に出て行った。

「皆さん、外の騒ぎが少し落ち着いた時にこの宿を出ます。宿屋の主にその旨を伝えておいてください。」

「分かりました。」

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 その後、パンパスたちはタイミングを見計らって宿を出た。

 王都を脱出したパンパスたちの元に、様子を見に行っていたニタリが戻ってきて、その報告をもとに彼女たちは向かう先を決めた。


「亜人討伐の為に兵たちが集められている。恐らく明日にもエルフの森に進軍するだろうから、シンビオス領に向かっても鉢合わせする可能性は低い。」

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