四章

第22話:エルフと人族(の姿をした神)

「・・・知らない名前だな。」

 ここは大陸北部の大森林にあるエルフの町。ここに以前イリス達に助けてもらったエルフたちがかくまわれていた。

 そこの首長であるハイエルフの「レミラ」が、そのエルフたちからハイエルフイリスの事を聞いた時の反応である。

「レミラ様、もしかしたら最近生まれ出でたハイエルフ様かもしれません。」

 レミラの傍に立つ従者のエルフが、彼女の疑問に一つの仮説を立てた。

「・・・なるほど、だったら私が知らないのも当然か。」

 ハイエルフは他の種族と異なる成長の仕方をする。

 まずハイエルフには「親」がいない。彼女たちは「精霊が生み出せし者」と言われており、突然この世界に現れるのだ。

 生まれたばかりの時は他種族と同じく赤子なのだが、成長速度が異常に早く、たった5日ほどで成人と変わらない姿になる。

 また、それに伴って精神の成長も早く、いつの間にかいろいろな知識を得て、10日もたてば心も立派な成人女性となる。

「はい。ですから、彼らが言っていた『人間と一緒にいた』という理由も納得できます。」

「そうだな。恐らく人間に対する敵意や恐怖心がなかったんだろう。」

 生まれて間もないのであれば、人間に対する負の感情はないはずなので、人間と一緒にいても不思議ではない。

「それにしても。」

 と、レミラはその「イリス」というハイエルフのについて考えていた。

 何でも、ここに匿われたエルフ達が人間達の襲撃でひとりの少女を除いて全滅したそうだが、その「イリス」が全員を「一度」に蘇生させてしまったとのことだ。

(一人や二人なら私でもできるが、20人を「一度」に蘇生させるなど聞いたことがない。相当治癒術に特化した能力の持ち主なのかもしれない。)

「・・・まあいい。それよりわが同胞を救ってくれた『イリス』とやらに礼が言いたい。どこにいるか知っているか?」

 レミラはイリスについての考察を一旦止め、代表者の老エルフに彼女の居場所を尋ねたが、

「申し訳ございません。我々を逃がしていただいた後の事は分かりません。」

 と、レミラに謝罪した。

「ただ、この地域についていろいろ尋ねられましたので、もしかして別種族の所に向かったのかもしれません。」

「ほう、人間の国に行ったのではないと?」

「はい、人間の国から脱出してきたと聞いておりましたので、恐らくは近くのドワーフやハーフリングの所に向かったのではないかと。」

 老エルフの話を聞いたレミラは、意外そうな声を出した。

(イリスというハイエルフもそうだが、人間の男もなかなか興味深い。確か「ケリー」とか言ったか。)

(我々に敵意を向けることなく、親しげにする人間がいるとはな。尤も、その態度が我々を油断させるため、という事は十分にあり得るがな。)

 実は、レミラは昔人間に騙されて危うく命を落としそうになった苦い経験がある。そのため、例え親しくしてくれても全く信用しないどころか、逆に警戒するようになったのだ。

「まあいい。同族であれば何れ出会う機会はあるだろう。」

 そんな事を話していると、門番が慌てた様子でやってきた。

「ご報告します。今しがた人族と思われる子供が森の奥から現れ、レミラ様との面会を求めています。」

「人族の子供?こんな森の奥に来るとは...。で、何人いる?」

 門番の報告に、従者がそう尋ねると、門番は

「いえ、一人だけです。何でも急ぎ伝えたいことがあると言っておりました。」

 と言った。

「こんな森の奥に人間の子供がたった一人でやってくるなど...。周りに他の人間の気配は感じられたか?」

 この町は、大森林の奥にあるので、人間の子供が一人でやってくるのは不自然だ。

 そう思った従者が他に人間が隠れていないかを確認したところ、「いえ、その様な気配は感じられませんでした。」と門番は答えた。

 そのやり取りを黙って聞いていたレミラは、その門番にこう答えた。

「・・・よかろう、連れてくるがよい。」

 その言葉に、エルフたちは驚いた顔をした。

「よろしいのですか?この森には魔物が多くいます。その中を人間の子供が一人で来るなどどう考えてもおかしいです。何か罠でもあるのではないでしょうか。」

 従者は、自分が危惧していたことをレミラに伝えたが、彼女は「フッ」と笑って

「なに、只の気まぐれだ。勿論相手が子供一人であろうと油断はしない。皆もそのつもりで事に当たってほしい。」

「「「ハッ!」」」

 というと、エルフたちは揃って頭を下げた。

 ----------

「はあ、はあ、はあ...。」

 イリス達と別れたニタリは、エルフの集落に向けて森の中を走っていた。

「「「グルアアアアアァッ!!」」」

 そのニタリに向かって、3匹のダークウルフが襲い掛かる。

 夜中で見通しの悪い森の中、ダークウルフたちは保護色と素早い動きでニタリに迫る。

「・・・フッ!!」

 しかし、ニタリは襲い掛かってきた3匹のダークウルフの攻撃をいとも簡単に躱すと、カウンター気味にパンチを繰り出す。

 パアンッ!と乾いた音がしてダークウルフの頭が爆散する。

 それを見てさらに激高したダークウルフたちが襲い掛かるが、ニタリは走る速度を緩めず目の前に立ちふさがるダークウルフを走る勢いそのままで飛び蹴りを放つ。

 それを食らったダークウルフは上半身が吹き飛ばされ、息絶える。

 着地したニタリの背後から襲い掛かってきたダークウルフに、ニタリは近くに落ちていた枝を拾い振り向くことなく薙ぎ払う。

 ダークウルフは一瞬動きを止めたと思うと、全身細切れにされてその場に崩れ落ちた。

 それを確認もせず、ニタリは再び走り出す。

 ニタリにあっさりられたダークウルフたちだが、決して弱くはない。特に複数で襲ってきたときはこの森にいる熟練のエルフ達でも手古摺てこずる程などだ。

 人間の少女の姿をしているが、ニタリはイリスと同じ「神」だ。地上にいる生物と「神」の間には絶望的な力の差がある。「下位神」であろうとも、その力は圧倒的で「その気になれば」人族の国程度は簡単に滅ぼせるくらいだ。

 ただ、地上に遣わされた神には「無暗むやみに力を行使してはならない」という決まりがあるため、本当の非常事態にならない限りそのようなことはしないし、してはならないのだ。

(・・・やはりおかしい。「魔物」が。)

 ニタリは走りながら、今の状況を考えていた。

「グアアアアアッ!!」

 そんな時、またニタリの前に立ちふさがる魔物。

 ニタリは走る速度を緩めることなく、その魔物に体当たりをした。

 魔物は、その衝撃で爆散した。

 ニタリは、「浄化の魔術」を使って血まみれになった体を綺麗にしながら、エルフの集落に向かって走り続ける。

(やはり何か良くないことが起ころうとしている...。急がなければ。)

 ----------

 暫く走り続けると、行く先に人の気配を感じた。

 ニタリは一旦立ち止まり、息を整えると人の気配がする方に歩いて行った。

(さあ、これからが本番。気を引き締めていこう。)

 程なくして、エルフの町に着いたニタリは、警戒する門番に向かってこう言った。

「私はキトナムフロボン国から来ました『女神教』巫女の『ニタリ』と申します。至急お伝えしたい事がありますので、この町の長に御取次いただけますでしょうか。」

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