第21話:余裕と焦り

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「『ドロフォス』からの連絡が途絶えた?」

 執務室で執務を行っていたカルディオ枢機卿が、筆を止めた。

「はい。先日から定期連絡が入ってきておりません。」

 顔を上げたカルディオの視線の先にいる従者が、そう報告した。

「・・・何者かの手により消された、という事ですか?」

 カルディオは一瞬不快そうな顔をして、従者に尋ねた。

「分かりません。ただかの者ドロフォスは我が審問官の中でも腕利き、よほどの相手でないと不覚は取らないと思われます。」

 従者の言葉に、カルディオは筆を置いて、考える素振りを見せた。

「確かにあなたの言う通りですね。であれば、何らかの事情で連絡が取れないという事でしょう。」

「恐らく。」

「まあ、そのうち連絡してくるでしょう。特に懸念する必要はありませんよ。」

 そう従者には言ったが、心の中では何か引っかかりがあった。

(とはいえ、何か胸騒ぎがしますね。何か対策を考える必要があるかもしれません。)

 そんな事を考えていると、従者が思い出したかのようにこんなことを話し始めた。

「そういえば、以前亜人の集落を『粛清』するために向かったアルケビス大司教も未だに連絡が途絶えたままでしたね。」

「ああ、あの小娘ですか。大方失敗でもしてほとぼりが冷めるまでどこかに隠れているのでしょう。放っておきなさい。」

「しかし、ワイヴァーンを使って失敗するなどという事はあり得るのでしょうか。」

 従者の問いに、カルディオは肩をすぼめて「さあ?」というジェスチャーをした。

「あの小娘は、私のに不満気でしたので、何かほかの手段を使ったのでしょう。」

「成程。それで失敗したのであれば、戻ってこられないのも頷けます。」

 カルディオは徐に席を立つと、窓から外の様子を見た。

 少し離れた場所に、この国の王宮が建っている。

 自分がいる宮殿より小さな王宮を眺めながら、彼は、

「・・・少し掻き回してみましょうかね。」

 そう呟くと、執務室の扉に向かった。

「どちらへ?」

 従者の問いに、カルディオは扉に手を掛けながら不敵な笑みを浮かべて、

異世界から来たお猿さんたち勇者パーティの所ですよ。そろそろ『仕事』をしてもらおうかな、と思いましてね。あなたも一緒に来なさい。」

 そう言って、彼は執務室を出て行った。

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「何てことだ...!」

「俺達は、奴らの手の上で踊っていただけなのか...。」

 俺達は、無事「人族至上主義」に反対する者たちのアジトにたどり着いた。

 その後、ピサーラ第3王女はアジトにいる仲間たちに俺たちが説明した内容を話した。

 それを聞いた反応が、先ほどの発言である。

 今ここに居る者は大体20人ぐらい。最初に来たときはもう少し多かったのだが、イリスの姿を見て「俺たち」に悪意を向けてきた者が数名いたため、イリスが速攻で鑑定、「処分」した。

 その様子を見ていた連中は「エルフは、こんなことも出来るのか...。」と驚愕していた。

「殿下、我々はこれからどうすればよいのでしょうか。教会の手の者が入り込んでいたとなると、最早この場所も安全とは言えません。」

 アジトにいる一人が不安げな顔つきでピサーラに問いかけてきた。

 それに対し、彼女は困った顔をして考え出した。

 確かに、ここに居るのは危険だ。この連中のリーダー格であった「アビスタ」もとい「ドロフォス」をはじめ、何人か教会の手の者が入り込んでいたから、すでにこの場所は知られている。

 今まで特に何もしてこなかったのは、脅威にならないと判断していたからだろう。

 だが、もしドロフォスが倒されたことを知ったら、向こうもこちらを意識してくるだろう。下手したら部隊を差し向けてくるかもしれない。

「兎に角、一刻も早くここを出ないと連中が襲ってくるはずだ。」

「しかし、ここを出たとして一体どこに行くつもりなんだ?」

「そんなことはここから出てから考えればいいだろう!」

 身の危険を感じてなのか、アジトにいる連中は言い争いを始めた。

 まあ、気持ちは分からなくもない。ここに居る連中はほとんどが非戦闘員みたいだ。もしここが襲われたら、多分成す術なく殺されるだろう。

 一応、ここにはバジリ親衛隊員がいるが、流石に一人でこの人数を守れるとは思えない。何より彼は王女ピサーラの親衛隊員なので、襲撃されたらピサーラ「だけ」を守るだろう。

「それにしても、この国の人間って本当に『頼って』ばっかりね。もう少し自主性とかないのかしら?」

 連中の醜い争いを傍から見ていたイリスが、俺に聞こえる程度の声で呟いた。

「まあ、何かあっても自分たちは責任を取らなくていいから、気軽なんだよ。」

 俺がそう答えると、イリスは頭に手を当てて「はぁ~。」とデカい溜息を吐いた。

 でも、頼っているとなると人の事は言えないな。俺もイリス天照様の力に頼っているからな。

「あ、旦那様は違うわよ?力を貸しているのは純粋に私が『そうしたい』からだし、何より旦那様はとりあえず自分でなんとかしようとするでしょ?」

 俺の心を読んだのか、イリスがそんな事を言ってきた。

 そうかな~、と思ったけど、前世の俺は周りが「責任転嫁者や利益簒奪者外道やゴミクズ」ばっかりだったから、自衛の為に自分でなんとかしようとまず考えるようになったんだった。

 そんな事を思い出していたら、徐にイリスが俺の手を握ってきた。

 イリスの方を見ると、柔和な微笑みをして「大丈夫、この世界では私が傍にいるから。」と言ってくれた。

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 暫く連中の言い争いを黙って聞いていたピサーラが、意を決したような顔をして声を上げた。

「皆さん、これから全員『南』に向かいます。皆さんが懸念されているように、このアジトは近いうちに襲撃されるでしょう。その前にここを放棄します。」

 ピサーラの声に、今まで騒いでいた連中は一斉に彼女の方を向いた。

「しかし殿下、『南』に向かうと仰られましたが、どこかに宛てがあるのでしょうか?」

 連中の一人がピサーラに問いかけたのを受けて、彼女は頷きながら答えた。

「はい、私の叔父である【シンビオス公爵】の所です。ひとまず彼の領地に向かいましょう。」

「「「おおーーーっ!」」」

 ピサーラから聞いた名前に、連中の歓声が沸き上がった。

 俺達が連中の態度に呆れていると、バジリが傍に寄ってきて【シンビオス公爵】について説明してくれた。

「シンビオス卿は、国王陛下の兄君でいらっしゃいます。王太子様や王女様たちと懇意にしていただいており、中でも第3王女のピサーラ様を殊更可愛がっておられます。」

 現在は政務のほとんどを息子に託して半分隠居状態らしいが、それでも影響力は大きいらしい。

「シンビオス卿なら心強い!」

「ああ、卿はピサーラ様と仲良くされていたからな。」

「これで、我々も安心できる。」

 険悪な雰囲気が一転して、皆口々に期待を込めた言葉を発している。

 その光景を見ながら嫌悪感を抱きつつ、「そんなにうまく行くかな」と考えていた。

 連中が歓喜しているところに、ピサーラが再び口を開いた。

「これからすぐ出発します。皆は急いで準備をしてください。」

「「「はっ!!」」」

 その言葉を聞き、連中は一斉に動き出した。

 俺たちが眉間に皺を寄せていると、ピサーラが俺たちの元にやってきた。

「ケリー様、イリス様。これより我々は南にある【シンビオス領】に行きます。」

 そう俺たちに言ったピサーラは、少し悩んだ後言葉を続けた。

「それで、非常に厚かましいお願いなのですが、御二方には我々の『護衛』をお願いしたいのです。」

「・・・本当に厚かましいお願いね。」

 彼女のお願いに、イリスは呆れながら答えた。

 まあただ、現状で最善の選択肢はこれしかないだろうな。

 俺はイリスの方を見て目配せをしたら、彼女は俺の意図することを理解して頷いた。

「・・・仕方ないわね。私達も丁度南に向かうところだったから、『ついで』に受けてあげる。」

「「ありがとうございます。」」

 イリスが了承したことを聞いて、ピサーラとバジリは頭を下げた。

「でも、イリスの姿はどうするんだ?俺やアンタ達は兎も角、この国の連中は『エルフ』を討伐対象にしているんだろう?」

 俺がそう聞くと、ピサーラは服の内ポケットから一つのネックレスを取り出した。

「これは、以前親しくしていたエルフから受け取った【変化のネックレス】という魔道具です。これを身につけると、我々人族と同じ姿になります。」

 そう言って、イリスに差し出した。

「・・・なかなか用意周到ね。」

 イリスは呆れながらも、そのネックレスを受け取って身に着けた。

 すると、エルフの特徴である長い耳が人間サイズに短くなり、白磁器のような肌が若干黄色みがかった。

「確かに、この国の人族みたいな姿になったね。どう、何か『支障』はある?」

 俺がイリスの姿を見た反応と影響を聞くと、彼女は自分の身体を確認しながら、

「ん~、特に無いかな。力が抑えられていることもないし。」

 と答えた。

 まあ、言っちゃあなんだがエルフの力ごときで天照様最上位神の力を抑えるなんてできるわけないわな。

「では、よろしくお願いします。依頼の報酬は無事シンビオス領に着いたときにお支払いします。」

 改めてピサーラがそう言って頭を下げた。

「受けたからには責任持ってやるから心配しなくてもいいわよ。あと、報酬はこの首飾りでいいわ。」

 ピサーラの言葉に、イリスはそう答えた。確かにお金とかではなくこのネックレスの方が俺達には都合がいいからな。

「殿下、どうやら皆の準備ができた様です。」

 俺達と話していたピサーラの元に、バジリが来てそう告げた。

「分かりました。では皆さん出立しましょう。」

「「「はっ!!!」」」

 こうして、俺達は意図せず彼女ら反人族至上主義集団の護衛をすることになった。

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