第20話:建前と本音

「・・・・・・・・」

 ケリー達の家に入った侵入者は、足音を魔法で消してリビング兼寝室へ向かった。

 ・・・音もなくドアを開け、部屋に入った侵入者。

 気配を消し、ケリー達が寝ているベッドに近づく。

 ケリーとイリスが眠っていることを確認すると、侵入者は徐に懐から短剣を取り出した。

 取り出した短剣に致死性の毒を塗り、振りかぶって


 イリスの胸を刺した。

 続けて横で寝ているケリーを刺す。


 二人を刺した後、何かに取り憑かれたように二人を滅多刺しにし始めた。

「ハハハハハっ!この亜人め、存在自体が鬱陶しいのに我ら崇高な人族に向かって偉そうな態度をするなど神を冒涜ぼうとくした行いだ!!お前たちなどこの世界に存在してはいけないのだ!!!死ね!死ね!!死ねぇっ!!!」

「そしてその亜人と一緒にいるお前も同罪だ!人族でありながら亜人と共にいるという大罪を犯した!!死して神に侘びよ!!!人族の面汚しめぇっ!!」


 暫くケリー達を滅多刺しにした後、その侵入者は肩で息をしながら自分の行為を振り返っていた。

「・・・ふぅ、私としたことが、つい理性を失ってしまった。」

 返り血を浴びた体を見ながら、醜悪な笑みを浮かべる侵入者。

「・・・まあいい。ただ少し計画が狂ってしまったな。もう少しアイツらを利用する予定だったのだがな。」

「アイツらが起きた時、こいつらが現れないことを不審に思うだろうから、今のうちに『始末』しておくか...。」

 そう呟いていると、扉の外から耳を疑う声が聞こえてきた。


「ね、言った通りになったでしょ?」

 パッ、と明かりが灯る。

 侵入者が慌てて振り返ると、そこには「確かに」殺したはずの男女と、同行していた仲間たちがいた。

「『アビスタ』...、貴方、何をしているの...?」

「お前、これは一体どういうことだ...。」

 同行していた仲間たちから戸惑いと憤怒の声が漏れる。

「何言っているんだ?目の前の光景がコイツの真の姿だ。」

「なあ、『アビスタ』さん。いや、『女神教異端審問官』の『ドロフォス』かな?」

 俺がそう言うと同時に、「アビスタ」もとい「ドロフォス」は俺たちに向かって斬りかかってきた。

 ・・・が、見えない壁によって凶刃は弾かれた。

「くっ!」

 殺害に失敗したドロフォスは窓を破り逃走を図るが、またもや見えない壁に遮られた。

「そうそう、逃げようと思っても無駄よ?外に出られないようにしているから。」

 イリスが、さも当然のことのように言った。

 それを悟ったドロフォスは、持っていた短剣で己の首を掻っ切ろうとした。

「おっと、そんなことはさせないよ?」

 俺は、イリスの力を借りて奴を金縛り状態にした。

「さて、いろいろ質問させてもらうけどいいかな?勿論黙秘してもいいよ?その場合は『勝手に』お前の頭の中を見させてもらうから。」

 俺が「ドロフォス」にそう通告すると、奴は「ニヤリ」と笑って自身の魔力を高め始めた。

 その事に気付いたとき、奴の身体は爆散した。

「な、何という事だ...。」

 その光景に、ピサーラ第3王女バジリ親衛隊員は呆然とした。

「あーあ、何勝手に死んじゃってるんだ。」

 俺はそう言うと、イリスの方を見た。

 彼女は俺の方を見て「にっこり」と笑って結界を解いた。

 うん、流石は天照様。しっかり情報は取っていたようだな。

「じゃあイリス、『後片付け』をお願いできる?」

「任せて。」

 呆然としている二人を放っておいて、イリスはドロフィスを「消滅」させた。

「・・・旦那様に殺意を向けた罰よ。」

 ボソッとイリスがそう呟いた。

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「まさか、そんなことが...。」

「今まで苦労してきたことは、何だったんだ...。」

 二人が落ち着いた頃合いを見て、俺たちは彼女たちに事情を説明した。

 その反応が今の発言である。

「それで、アンタ達はこれからどうするの?」

 イリスの問いに、二人は黙ってしまった。

「俺たちはこれから南に向かってこの国を出るつもりだ。」

 俺がそう言っても、二人は変わらず黙ったままだ。

 俺とイリスはお互いを見て「やれやれ」とポーズを取った。


 しばらく沈黙が続いたあと、バジリが意を決して俺たちに向かって土下座してきた。

「ケリー殿、イリス殿。殿下を我らがアジトにお連れしていただきたい。」

「っ、バジリ、何を言い出すのです!?」

 その言葉に、ピサーラは驚愕の声をあげた。

「このままでは、追っ手に捕まります。であれば、殿下だけでもアジトに戻ってこのことを皆に伝えてほしいのです。」

「それであれば、貴方も一緒に戻ればいいではありませんか!」

「それを、今日初めて会った方々にお願いするなんて、余りにも図々しいのではないですか?!」

 ピサーラは強い口調でバジルをたしなめたが、彼は一歩も引かなかった。

「確かに厚かましいお願いです。ただ、この方々の実力は私よりも上です。であれば、最善の方法をとるべきです!」

「・・・・・・・・」

 彼の勢いに、ピサーラは黙ってしまった。


「・・・それで、あなたはどうするのですか?」

 暫く黙っていたピサーラが、そう口にした。

「・・・私はここに残り、追っ手を食い止めます。」

「!!」

「殿下をお守りするのが我ら親衛隊の務め。ですが私一人では殿下を守り切れません。なので、私はここで時間を稼ぎます。」

「なりませんっ!私の為にあなたが犠牲になるなど、『主』として認めるわけにはいきませんっ!!」

 ・・・などと、そんなことを言い合っている。

 何時の間にか蚊帳の外に置かれた俺達だが、二人の言い争いを見ていて何だか冷めた気持ちになってきた。

 本人たちは必死なんだろうが、俺達からは「下手な寸劇」を見せられている気分になるんだよな~。

 イリスの方を見ると、俺と同じくげんなりしている。何だろう、この温度差。

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 そんなやり取りがしばらく続いていたが、イリスがついにしびれを切らして割って入った。

「あー、もう!分かったわよ!!この娘ピサーラをその『あじと』とか言う場所に連れて行けばいいんでしょ!!!」

 あ、イリス天照様が切れた。

 イリスの剣幕に、今まで言い合っていた二人が驚いた顔でイリスを見た。

「し、しかしご迷惑に...。」

 我に返ったピサーラがそんな事を言い始めたが、イリスが一喝した。

「そんな建前はいいのよっ!アンタも本音はコイツの策が最善だと思っているんでしょう?だったらさっさと認めなさいよっ!!」

「はっ、はいっ!!」

 イリスの剣幕に押され、ピサーラは肯定してしまった。

「イリス殿、ありがとうございます。」

 バジリはイリスに礼を言ったが、イリスは何故か彼を睨みつけた。

「仕方ないからやってあげるけど条件がある。アンタも一緒に来なさい。」

 その言葉を聞いて、バジリは戸惑った。

「いえ、それでは追手が」

「うるさい!アンタが犠牲になってもこの娘ピサーラは喜ばないのよっ!!アンタも本音はそんなことしたくないんでしょ!?その辺は私達が何とかするからごちゃごちゃ言わないっ!!!」

「はっ、はいぃっ!!」

 こちらもイリスの剣幕に押されて、つい返事をしてしまった。

 二人があまりの事に呆然としていると、イリスはさらにブチ切れて、

「時間がないんでしょ?!だったらそんなところに突っ立っていないでさっさと出かける準備をするっ!!」

「「は、はいぃぃぃっ!!!」」

 そう怒鳴り散らかしたので、二人は慌てて仮設住宅に戻って行った。

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「お疲れさまでした、天照様。」

 肩で息をしているイリスに向かって、俺はねぎらいの言葉を掛けた。

「・・・はぁ。全く、あの二人を見ているとイライラしてくるのよね~。お互い大事にしたいんであれば、もっと素直になりなさいよ。」

 息を整えたイリスは、彼らについてそんな感想を言った。

「まあ、事情が事情王女と親衛隊員ですから、そんなに簡単な事じゃなかったんでしょう。ただ、今回の事で少しは素直になるかもしれませんね。」

「・・・だといいけどね~。」

 そうため息をつきながら言うと、俺の方を向いて頭を下げてきた。

「ごめんなさい。私の一存で旦那様に迷惑を掛けることになっちゃった。」

「ああ、それはいいですよ。でも、天照様にしては珍しいですね。いつもだったら『自分たちの問題は自分たちでなんとかしなさい』とか言うのに。」

 俺がそう言うと、イリスは彼らのいる仮設住宅を見た。

「好き合っている同士がこんなことで別れるなんて、私には我慢できなかったのよ。まあ、ちょっとしたお節介ってところかな。」

 そう言うと、俺の方を向いて微笑んだ。

「これでも、旦那様の世界では『慈悲の女神』って呼ばれていたからね。」

 その後、すぐに彼女は真面目な顔をした。

「ただ、こんなお節介は今回だけ。今後はさっき旦那様が言ったように『自分たちの事は自分たちでなんとかしなさい』よ。」

 俺達は、改めて二人がいる仮設住宅を見た。

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 準備を整えた二人がやってきたので、俺達は早々にこの地をった。

 まだ完全に疲れが取れていないようだったが、そんな事を言っている状況ではないため、急いでこの地を離れるべく目的地に向かって走った。


 なお、追っ手についてはイリスが残してきた仮設住宅に罠を仕掛けておいたので、暫くは時間が稼げるはずだ。

 どんな罠かって?「人間ホ〇ホイ」だ。

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