第6話:死と生

「え、でも...。」

 イリスが言ったことにコティは動揺を隠せない。

「とにかく、現場を見てみないことにはどう対処すればいいか分からないからね。ほら、グズグズしないで早く案内しなさいっ!」

「は、はいっ!!」

 イリスの勢いに押されて、コティは慌てて歩き出す。

「歩いてんじゃないわよっ!時間がないから走るっ!!」

「は、はいぃぃぃっ!!!」

 イリスに発破を掛けられたコティは、大慌てで走り出した。

 コティの後を追って、俺たちも走り出す。

 それにしても、森の中は木の枝や草が邪魔をして走りにくい。それにもかかわらず、コティは慣れた感じで走っていく。

「流石は狩猟民族ね。こんな悪路の中あんなにすいすい走れるなんて。」

 コティの後を追いかけながら、横を走っているイリスが感心していた。

「ところで、『時間がない』と言われてましたけど、それって生き返らせることと関係があるんですか?」

 走りながら、俺はイリス天照様に尋ねた。

「そうよ。あまり時間が経っていると、死んだ人の魂が『魂の部屋』...、に旦那様と会った場所ね。そこに入ってしまうから、『身体』があっても『中身』が無い、ただの『人形』になってしまうのよ。」

「逆に、魂がそこ魂の部屋に入っていなければ、身体が『修復不可能』になっていない限り何とかなるわ。」

 ・・・なるほど?良くは分からないけど、時間が重要な事は理解できた。

「すると、その『魂』とやらがその場に残っていればいいんですね?それって、大体どのくらいの時間なんですか?」

 俺が走りながらそう尋ねると、イリスは「う~ん」と少し考えて、

「大体半日、長くて1日ぐらいかしら?ただ、その魂が現世に未練がある場合は、程度に寄るけどもう少し長く留まるわね。」

 そう答えた。

「・・・とすると、結構『微妙』ですね。」

 俺たちが移動を開始したのが朝方。コティの集落が襲撃されたのが夜中だとしたら、まだ間に合うかもしれないが、それより前だと...、厳しいかもしれない。

「どちらにしても、着いてから確認しないと分からないわ。ほら、そろそろ『目的地』みたいよ?」

 イリスがそう言ったので前を見てみると、コティの走るスピードが落ちてきていた。

「そんな...。」

 程なくすると、開けた場所に出た。そこには、呆然と立ち尽くすコティの姿があった。

「・・・予想通りとはいえ、酷いわね...。」

 そこは、正に「地獄絵図」だった。

 異様な静寂の中、動いている者は俺たち以外居ない。

 目の前に広がっている光景は、一面の血の海と倒れているエルフたちの遺体。

 前世にいた頃の俺ならば、ここで気持ち悪くなっていただろうが、「太陽神の加護」があるせいか、眉をしかめる程度で特に何も感じない。

 向こうでは、コティがあまりの凄惨せいさんさに目を逸らして先ほど食べた物を戻している。

「・・・天照様、どうですか?」

 俺が隣にいるイリスに尋ねると、彼女は周りを確認しながら、

「・・・何とか間に合ったみたいね。遺体の損傷が激しいけど、この位なら何とかなるわ。」

 彼女は一歩前に出て、俺にこう言った。

「旦那様はあの子コティを介抱してあげて。ここからは私の『仕事』だから。」

「わかりました。」

 俺はそう言って、嗚咽おえつをあげているコティの所に行き、介抱してあげた。

 その頃、イリスはエルフたちの遺体に向かって手をかざしていた。

「・・・こういうことは、本来『自然の摂理』に反するから、あまりやりたくないんだけど...。」

 そう言うと、翳している手がほのかかに光りだす。

「でも、愛する旦那様の『お願い』だから、仕方ないわね♪」

 手から発している光が、だんだん強くなっていく。

『大地を司る者達よ、太陽神の命に応じよ。この者たちの身体を元の姿状態に戻しなさい。』

 イリスが翳している手が一際ひときわ強い光を発すると、エルフの遺体がまるでただ「倒れているだけ」の状態に修復されていった。

「す、凄い...。流石は『イリスハイエルフ様』...。」

 俺の傍でイリスの様子を見ていたコティがそう呟いた。

「今のは、多分遺体だけ。これからが本番だよ。」

 そう俺が言っていると、今度はイリスの身体が輝きだした。

『我、『アマテラス太陽神』が命じる。この地に留まりし『魂』よ、元の身体に戻りなさい。』

 すると、エルフ達の遺体が仄かに光を発したと思ったら、「何か」が遺体に入っていき、次々と起きあがってきたのだ。

「・・・うぅ、ここは...?」

「確か、私達はコティを逃した後人族たちに殺されたんじゃあ...。」

「・・・っ!お父さん、お母さんっ!!」

 イリスの偉業に放心状態だったコティが、両親が生き返ったことに気が付くと、勢いよく走っていった。

「お前はコティ!?どうしてここにいるんだっ!?」

「あなたは確かに、私達が逃したはず...?」

 コティの姿を見て驚愕している両親に、コティは抱き着いて号泣していた。

 生き返ったエルフたちを見ながら、俺はイリスの元に歩いて行った。

「お疲れ様です、天照様。流石は『太陽神』ですね。」

 俺がイリスに向かってそう言うと、彼女は俺の顔を見て微笑んだ。

「このくらい大したことないわよ。それよりこれで、また旦那様との新婚生活が戻ってくるね♡」

 そう言って、イリスは俺に抱き着いてキスをした。

 ----------

 今、俺達の前にこの集落のエルフたちが膝をつきこうべを垂れている。

 彼らが生き返った後、俺の姿を見て臨戦態勢をとったが、コティの必死な説得によって事なきを得た。

「イリス様、この度は我々に大いなる慈悲を頂き、誠にありがとうございます。」

「それとケリー殿、コティの恩人に対する我々の無礼をお許しいただき、感謝します。」

 この集落のおさと思われる老エルフが、そう言って頭を下げた。

 長の話によると、昨日の夜中、何か大きな音がして様子を見に行ったところ、地面がえぐれており、直後何か乾いた音がしたかと思ったら、周りの者がバタバタと倒れていった。

 その後に20人ぐらいの武装した人族が集落に入ってきて、次々と住人たちを殺害していったそうだ。

 その事を聞いた俺は、まさかと思ってイリスの顔を見た。

「多分、『異世界召喚』術で召喚された連中の知識から作られた『武器』ね。」

「異世界召喚」、前にイリスから聞いていたのだが、人族の国「キトナムフロボン」ではこの世界とは異なる世界...、俺みたいな者達を「召喚」して、その者達から力や知識を得て今の繁栄があるという事だ。

「すると、今回使われた武器は『銃』と『爆弾』か...?」

 最初の大きな音で地面が抉れたのは多分「手榴弾」、乾いた音は「拳銃」だろうな。

 エルフたちの装備は弓とか皮鎧みたいだから、そりゃあ相手にならんわな。しかも「奇襲」だし。

 俺が長に「魔法」で対抗できないかと聞いたら、「詠唱」している間に撃たれたそうだ。

 う~ん、これは思っていたより深刻な事態かもしれない。そう思ってイリスを見ると、彼女も眉を「ハの字」にして困った顔をしていた。

「天照様、流石にこれは『介入』しないとまずいですよ。」

「・・・そうよね。彼らに対抗手段がない今は、『とりあえず』私達が目先の脅威を取り除かないといけないから...。はぁ~~~。」

 俺とイリスは小声で話して、当初の予定が狂ったことに彼女はエルフたちに気付かれように気を使いながらため息をついた。

「それでイリス様、これから私達はどうすればよいでしょうか?」

 長が予想通りの質問をしてきたので、俺とイリスが「やっぱりね」と言う表情でエルフたちを見た。

「その前に聞きたいんだけど、ここを襲ってきた連中って『軍隊』だった?」

 イリスは長にそう尋ねた。もし軍隊なら、迂闊に手を出すと面倒なことになりかねない。

 俺もイリス天照様も、「現地のトラブルは現地の者が解決しなければ意味がない」と言う考えなので、もし相手が「軍隊」なら「国家」を相手にすることになるため、では「逃げ」の一手しかない。

「は、はい。ここを襲った連中は武装をしておりましたが、私達が認識している『正規軍』ではなく、どちらかというと『賊』のようでした。」

 イリスの問いに、長がそう答えた。

 成程、詳しいことは分からないからあくまで想像だが、この辺りにいるならず者たちが何らかの手段で武器を調達して襲ってきたんだろうな。

「・・・そう、それじゃあ、アンタ達は『今すぐ』この地を離れて、他の集落に向かいなさい。」

 長の言葉を聞いたイリスがそう指示すると、

「わ、我々にこの土地を捨てろと仰るのですか!?」

 エルフの青年がそう叫んだ。

「そうよ。ここを襲った連中は、自分たちが殺した連中が『まさか』生き返っているとは思ってもいないだろうから、今この時しか逃げる機会チャンスはないわ。」

「まあ、アンタ達がこの土地に固持こじしてまた『あんな目』に遭いたいのだったら、私は止めないけど。」

 イリスは、その青年の意見をばっさり斬り捨てた。

「言っておくけど、私はアンタ達と一緒に人族と戦うとか導いたりなんてしないわよ?そういうのは、他の『ハイエルフ』にお願いするのね。」

「そんな...。」

 エルフたちが落胆した姿を見せた。やっぱりイリスハイエルフすがろうとしていたな。

 長年人族に虐げられていたからか、負け犬根性が染みついているけど、それじゃあ駄目だと思う。まあ、当事者からすると「無責任な事を言うな」となじられるかもしれないが。

 そんなことを思っていると、イリスが落胆しているエルフたちに強い口調で告げた。

「ほらっ!落ち込んでいる暇があったら急いで逃げる準備をしなさいっ!!時間がないって言っているでしょうっ!!!」

「「「は、はいっ!!」」」

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 集落にいたエルフたちが全員他の集落に逃げて行ったのを確認して、俺はイリスの方を向いて、頭を下げた。

「すみません天照様、損な役回りを演じていただいて。」

 俺がそう謝ると、イリスは微笑みながら、

「良いわよそんな事。それに、その役目は私がすべきことだからね。」

 と言って、エルフたちが逃げて行った先を見つめていた。

「さて、じゃあ私達は『元凶』の『処理』をしましょうか。」

「そうですね。『後願の憂いを断ち切る』必要がありますから。」

 そう言って、俺たちはエルフたちが逃げて行った道とはに歩き出した。



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