第5話:エルフとハイエルフ

 しばらくして、少女が気が付くと、俺達...というより、イリスを見て「ひっ」と怯えた声を出した。

「ごめんね~。お姉さん、『ちょっとだけ』興奮してあんなことをしちゃった~。」

 と、イリスが笑顔でエルフの少女に謝罪していた。

「は、はあ...。」

 少女の方は、何か毒気が抜かれたような間抜けな声を出していた。

「ま、まあ、無事に気が付いてよかったよ。俺はキーリ...『ケリー』。で、彼女は妻の『イリス』だ。」

 俺が自己紹介をすると、エルフの少女は慌てて居住まいを正して、自己紹介を始めた。

「あ、えっと、私、『コティ』って言います。あっ、助けていただいてありがとうございますっ!」

 そう言って、頭を地面にぶつける勢いで下げた。

「気にしないでいいわよ。・・・ところで、うちの旦那様に何か言うことがあるんじゃないのかしらぁ?」

 天使の笑顔のまま、物凄い威圧を少女コティに向けて放ちながらイリスはそう言った。

 その圧力に押されて、またコティが「ひっ」と小声で悲鳴を上げると、思い出したかのように頭を地面にぶつけて謝ってきた。

「すすす、すみませんでしたぁーーーっ!!助けていただいたにもかかわらず、あんなひどいことを言ってしまいましたぁーーーっ!!!」

 その様子を、イリスは天使の笑みを湛えながら薄目を開けて見ていた。

「ま、まあ、俺はどこも怪我をしていないし、事情はよく分かるから気にしていないよ。」

 この殺伐とした雰囲気を打破すべく、俺はコティにそう言うと、

「・・・まあ、旦那様がそう言っているから、『今回』はこの辺で許してあげましょう。」

 イリスは「にっこり」と笑った。勿論目は笑っていない。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 その顔を見たコティは、頭を地面にこすり付けて震えながらひたすら謝罪の言葉を口にするのだった。

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 コティの怒涛の謝罪を何とか終わらせて、ようやく皆落ち着いたところで、俺たちは一緒に食事を摂ることにした。

 俺とイリスは特にお腹はすいていなかったのだが、コティ一人だけ食べていると何だか気まずい空気になったため、俺たちも一緒に食べているという訳だ。

「それで、どうしてこんな状況になっているのか教えてくれないかい?」

 俺がコティに「優しく」話しかけると、彼女は「ピクッ」と体を強張らせ、うつむいてしまった。それでも食べる手を止めていないのは流石と言うかなんというか。

 しばらくすると、彼女は食べるのを止めて、ぽつぽつと話し始めた。

 コティの話によると、彼女が住んでいるエルフの集落が森の奥にあるらしく、そこに突然武装した人族の集団が襲撃してきたそうだ。

 集落の人たちが必死に抵抗したが、力の差は圧倒的で瞬く間に人族たちに殺されてしまった。

 彼女は、この状況を他の集落に伝えるようにと、彼女の両親に言われて奴らの隙を見て逃げ出したそうだ。

 無我夢中で走り続けて、なんとか川にたどり着いたところで力尽きたらしい。

「・・・多分、そいつらは『亜人あじん狩り』に来たんだと思うわ。」

 コティの話を聞いて、イリスが口を開いた。

「亜人狩り?」

「そ。私もここまで天界から地上に来る間に聞いたことだから、詳しいことは知らないんだけど、文字通り『亜人』...、『人族以外を狩る』連中のことよ。」

「『狩る』って...、狩猟じゃないんだから。それで、何が目的でそんなことをするんだ?!」

 イリスから聞いたことに衝撃を受けて、思わず強い口調で聞いてしまった。

「目的...、そうね、『道楽』かしら。」

「なっ...!!」

「そんなに驚くことでもないわよ?旦那様の世界でも同じような事をやっていたじゃない。」

 イリスの言うとおり、俺たちの世界でもそのような輩は少ないながら存在した。しかし、よりによって「道楽」で「殺害」するなんて。やはり転生時に天照様から聞いたように、この世界の「命の重さ」は相当軽いようだ。

あんたコティには酷な言い方になるけど、恐らく生きている人はいないでしょうね。」

 そう、イリスがコティに向かって言うと、コティは項垂うなだれて大粒の涙を零した。

「そんな...、お父さん、お母さん、みんな...。」

 そんな姿を見ながら、俺はイリスを連れてその場を離れた。

「天照様、つかぬ事を伺いますが、『蘇生』...、『死んだ人を生き返らせる』ってことはできますか?」

「遺体の状態にもよるけど、出来るか出来ないかと聞かれたら『出来る』わよ?」

「そうですか。」

 俺の唐突な質問にそう答えたイリス天照様は、質問の意図に気が付いたようで、

「旦那様、もしかして...?」

「そう、その『もしかして』です。」

 俺が肯定すると、イリスは困った顔をした。

「でも、私達がそこまで肩入れしてあげる必要はないと思うんだけど...、はっ、もしかしてあの子に感情移入しちゃって...?!」

「違いますよ。まあ、全く感情移入していないかと聞かれたら、『少しぐらいはね』と答えますけど。」

 イリスがヤバい方向に思考が向かっているのを感じた俺は、即座に否定した。

「じゃあ、どうして?」

 イリスの問いに、俺はコティに聞こえないように小さな声で答えた。

「このまま何もしなかったら、あの子コティは俺たちに付いてきますよ?当然でしょうね。身寄りがなくなった今、頼れるのは助けてくれた俺達『だけ』なんですから。」

「相手にしなくても強引についてくると思いますよ?彼女にとっては『死活問題』ですからね。」

「・・・なるほど。」

 話を聞いていたイリスは、俺が言わんとすることを察したようだ。

「言い方は悪いですが、彼女を『生き返らせた連中に押し付ける』んですよ。」

「俺だって、新婚6日目?でどんな理由があるにしても他人を迎え入れる余裕なんてありませんよ。もっと天照様とイチャコラくんずほぐれつしたいんですから。」

「彼女は両親たちとまた一緒に暮らせる。俺たちは『お邪魔虫』を返すことができる。お互いWIN-WINじゃないですか。」

 そう言って、俺が「ニヤリ」とすると、イリスも同様に笑顔を見せた。

「流石は旦那様ね。確かにそれだと丸く収まるわ。でも、その後のことはどうするの?」

 イリスの言わんとしていることは、「蘇生させたとしても、『元凶』は取り除いていないから、また同じことが繰り返されるんじゃない?」だろう。

「それは、当事者が何とかする問題ですね。俺達...、というか、天照様だったら、『元凶』を排除することは簡単でしょうが、それは違うんじゃないかと思います。」

 俺の答えに、イリスは「ふふっ」と笑った。

「やっぱり、私が見初めただけの人だけあるわ。ここで『俺たちが元凶を倒してやる』とか言ったら、どうしようかと思ったから。」

「旦那様が言った通り、こういう事は当事者が何とかしないといけない問題なのよ。たとえどのような『結果』になったとしても、ね。」

 イリスの意見に、俺は頷いた。

「それじゃあ、早速行きましょうか。もたもたしていたら『取り返しがつかないこと』になるかもしれないからね。」

 イリスがそう言うと、俺たちはコティの元に戻った。

「ご飯は食べ終わった?それじゃあ早速出かけるわよ。」

 と、イリスがコティに声を掛けると、コティは笑顔で頷いた。

「はい!これからよろしくお願いします、ケリーさん、イリス!」

 やっぱり付いてくる気だな。まあ、そうだろうな。ところで、

「『様』?」

 イリスがいぶかしげな顔をすると、コティは「当然の事」のような顔をした。

「はい!イリス様は『ハイエルフ様』なんですよね?私達エルフ族にとって、『ハイエルフ様』は雲の上の存在なんです!!」

 そう言って、彼女コティは目をキラキラ輝かせている。

「・・・はぁ~、そういう事ね。まあいいわ。それじゃあ貴女、『道案内』をお願いね?」

 イリスが呆れたような溜息を吐くと、コティにそう言った。

「え、私がですか?でも『道案内』と言われても、どこに行けばいいか分からないんですけれど。」

 コティがイリスに向かってそう聞くと、イリスは笑顔で答えた。

「何言ってるの。貴女に案内してもらわないと私達は知らないのよ?」

「え、でも...。」

 戸惑っているコティに、イリスは続けてこう言った。


「貴女がいた『エルフの集落』に行くんだから。」

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