第95話

「本当にうちの娘を助けて頂いて、本当にありがとうございました。」

「!!」

(か、母さん!? なんで、こんな所にいるのよ!?)

 冷静になって考えてみれば、セリナの方がなんでここにいるのかと問われる立場だが、ジリナの声にセリナは一気に冷や汗が吹き出してきた。

「ジリナさん、もう何度もお礼を言って頂きました。そんなに謝らないでください。」

 シークが困った声を出している。

「ですが、そういうわけには……。あの馬鹿娘はフォーリ殿に助けてもらったとばかり繰り返して、だから、フォーリ殿にお礼を言いに言ったら、自分ではないと詳しい話をしてくれたから、分かりましたけど、そうでなかったら今も分からなかったでしょう。まったく。」

 ジリナがため息をついた。

「何度も顔を合わせていたのに、今頃になってお礼を申し上げることになってしまって。しかも、娘を気遣って頂いて……。」

 やたらと……、母ジリナの腰が低い。

「ジリナさん、それよりも娘さんのセリナが無事で本当に良かった。巻き込むことになってしまい、本当に申し訳なく思っています。セリナも恐かったでしょうし、相当動揺したと思います。どうか、そんなに怒らないでやってください。」

 セリナはシークの言葉に胸が詰まった。彼がセリナの労を労ってくれたり、いい人だということは分かっていたが、自分の判断でセリナを殺すこともできたのだと分かってからは、少し恐いという感情もあった。それに、やっぱり少し地味で華がないとか、失礼なことを思ったりしていた。

 でも、やっぱりいい人だ。こんなにいい人だったとは、セリナの想像を超えていた。

 シークがセリナとリカンナの掃除を手伝ってくれたことがある。それに、リカンナがセリナの頼みで親衛隊の動きを見張っているうちに、隊長のシークに片思いしていることは、この事件が起きる前に知っていたが、どうしても若様やフォーリに見劣りしてしまう。

 隣の領地のシェリア・ノンプディに、ここに来る前に言い寄られていたという話も、親衛隊のモなんとかという隊員が話していて知っていたが、地味な人という印象が拭えなかった。

(……う。リカンナの気持ちが分かるかも。こんなにいい人なんて。十歳以上歳が離れていても伴侶に選びたくなる気持ちは分かるかも……。地味だけど顔は悪くないし、それに、何より、母さんが遠慮してる!)

 そう、いつも鬼のように恐い母のジリナが、遠慮しているのだ。セリナは母の恐ろしさよりも、好奇心が勝った。どんな顔で遠慮しているのか気になり、奥の部屋に近づいた。

 扉は開けっぱなしだ。誰もいないと思っているからだろう。

(ふふん、そうはいきませんよーだ。)

 セリナはそっと壁に寄って近づき様子を探る。すると、寝台は右奥にあり、ベリー医師もジリナも背中を向けていた。ただ、シークだけが顔を横に向けたら気がつくので、慌てて頭を引っ込めた。

「私には年の離れた妹がいます。末の妹は十七歳です。ちょうど妹のような感じで放っておけませんでしたから、声をかけただけです。そんなに恐縮しないでください。」

(え、わたしと一歳しか違わないの、その妹さん!?)

 セリナはびっくりした。世の中には本当に年の離れた兄妹がいるのだと実感する。田舎にもいないわけではない。ただ、田舎では医者や産婆の数が少なく、お産の危険も高い上に、食い扶持を増やしすぎないようにするために、産まない選択をすることも多かった。それで意外に年の離れた兄妹は少なかった。

「……本当にヴァドサ殿がいい方で良かったです。なんとお礼を申し上げたらいいのか。ありがとうございます。わたしにできることなら、なんでも言ってください。娘を助けてくださって本当に感謝しています。」

 残念ながら母の遠慮している顔を見ることはできなかったが、後ろ姿からは本当に恐縮している様子がうかがえた。

「ジリナさん、本当にいいですから。」

「そんなに言われるなら。」

 シークがいいと言っているのに、横からベリー医師が口を挟んだ。

「ジリナさん、お願いがあります。ヴァドサ隊長に食事を運んでくれますか? 今まで彼の部下達が行っていましたが、若様の護衛の都合もありますから。間が悪い場合もありましてね。この人の具合が悪いと若様に知られるわけにはいきません。せっかく良くなってきたのに、心配のあまり具合が悪くなってしまうかもしれないので。」

 確かに若様は優しいので、そんなことも起きるかもしれない。それにしても、ベリー医師の言い方は大げさなような気もする。

「それに私の手が空かない時は、時折、様子を見にきて欲しいんです。一応、彼の部下達が交代で見張りをします。以前もいろいろとありましたので。」

 いろいろってなんだろう、と思うが物騒な感じがする。

「ベブフフ家の役人が来ているいる間は、ここに身を隠していた方がいいでしょうから。一日に二度の診察はするつもりですが、他のけが人もいますからね。」

「私は――。」

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