第93話

 セリナは自信がなかった。

「わたしが……わたしが、友達でいいのかな? いいかげんだったのに。いいかげんな気持ちだったのに。」

「これから、いいかげんでなければいいんじゃない? これから本気で友達でいてあげたらいいんじゃない? たぶん、フォーリさんもベリー先生も、そういうことを言いたいんだと思う。」

「リカンナがわたしの代わりになってあげてよ。わたし、自信がない。」

 すっかり気弱になったセリナの言葉を聞いてリカンナが笑った。

「あたしじゃ無理よ。だって、若様はあんただって言ってるんだから。あたしはあんたの次なの。あんたといつもいるから、覚えてもらっているだけ。あたしも分かってる。」

 そうかもしれないけれど、セリナはすっかり自信を喪失そうしつしていた。若様の大きすぎる優しさに自分が見合うとは思えない。

「だからね、覚悟を決めなさいよ。このまま若様の気持ちを踏みにじったままでいいの? あんたらしくないじゃないの。このまま逃げるなら、あたし、あんたと絶好するよ。だって、それじゃ人でなしじゃない。人でなしとは友達でいたくない。でもね、覚悟を決めて若様の真心に答えるつもりなら、あたしも一緒に友達でいてあげる。」

「……。」

 リカンナは怖がりだが正義感も強い。怖がりなくせに、いざという時、とんでもない強さを見せることがある。だから、村でも拾われっ子だということで馬鹿にされているセリナと友達でいてくれるのだ。リカンナという友達を失いたくない。それに、若様にも申し訳なかった。

「ねえ、セリナ。あんた、本当の気持ちはどうなの? ただ、自慢したかっただけじゃないでしょ。本当は好きだって分かってる。若様のこと、好きでしょ? その程度で消えちゃうような簡単な気持ちなの?」

 セリナははっとした。

 その事を言われると胸がきゅっと痛む。好きになってはいけないから、押し殺そうとして。でも、少しは一緒にいたくて。パンだって純粋に食べて貰いたかっただけだ。一言、おいしいって言って欲しかっただけだ。にこにこする笑顔を見たかった。

「……好き。若様のこと、好き。」

 はっきり口に出して言ってみると、余計にその気持ちが大きく膨らみ出した。

「だって、生まれて初めてわたしのこと、綺麗だって言ってくれたの。べっぴんさんだって言ってくれたの…! すっごく嬉しかった。だから、一緒にいたかった。わたしの作ったものを食べてもらいたかった。ただ、それだけだったの。そして、みんなに仲がいいって自慢してみたかった。見返してやりたかったの。」

「このままでいいの? 若様に謝らなくていいの?」

 セリナは首を振った。

「……良くない。若様のこと、忘れられないよ……! 死んじゃうかと思うと恐くて、たまらなかった! 真っ青で手も冷たくなって。純粋できらきらした、あの笑顔がもう見れなくなると思うと、胸が痛くてたまらなかった! すっごく恐かった!」

 セリナはしゃくりあげた。

「好きなんだもん! どうにもならないよ……! 今までこんなに好きになったことがないっていうくらい、好きなの! だから、恐くて、怖じ気づいて逃げようとしたの。どうしたらいい?」

「もう、馬鹿ね。だから、言ってるじゃない。同じことだよ。」

「……うん。分かってる。友達って言ってくれるなら、ここにいる間だけでも友達でいてあげたい。」

「それでいいのよ。あたしも一緒にいてあげるからさ。」

「…うん、ありがとう、リカンナ。」

「そうね。それで、ちゃんといつか、告白しなさいよ? それが条件ね。」

「……え!? えー、なにそれ、ひどい!」

「ひどくないー。ちゃんと気持ちは伝えとかなきゃ。恋が成就するとかしないとか、抜きにしてさ。それで、どうなったか教えてよ。」

「えぇぇ……。」

「ほら…!」

 リカンナは怖じ気づいているセリナの肩をパン、と叩いた。

「いた…!」

「顔、洗わなきゃ。みっともないよ、鼻水だらだらで。」

「もー! 言わないでよ、分かってるって! こういう時に限って若様に出会ったりするのよねー。ちょっと様子を見てきてよ。」

「はいはい。」

 リカンナは扉を開けてきょろきょろと見回し、セリナを手招いた。

「大丈夫よ、行こう。」

 ようやく調子を取り戻したセリナは、リカンナと外に出て行った。


 その後ろ姿をグイニスとフォーリは見守った。セリナを元気づけようと、彼女達がいるという部屋にやってきたのだ。話を聞くつもりはなかった。だが、聞こえてきてしまって、入ることができなかった。リカンナが出て来る気配に、フォーリがグイニスを抱えて素早く物陰に隠れてやり過ごしたのだ。

「若様、大丈夫ですか?」

 フォーリがそっと心配そうに聞いてきた。思いがけない話を聞いてしまい、グイニスは涙をぽろぽろ流していた。

 不思議な気分だった。

 胸の中が痛いような、あったかいような気分だ。

「大丈夫、フォーリ。ただ、嬉しくて。私のことを好きになってくれる人がいて、とても嬉しい。私には、そんな機会は決して訪れないと思っていたから。」

 誰かを好きになる。もしくは誰かに好かれる。恋をする。そんな時が来るとは思っていなかった。そんな時が与えられるなんて、考えていなかった。

 いつだったか、ここに来る前の屋敷にいた時、領主のシェリア・ノンプディが言っていた。

『――いつか、必ず殿下にも恋する時が参ります。恋が愛になる時が参ります。』

 そんなことを言っていた。それを聞いた時は、そんなことはないだろうと思っていた。

 王である叔父が心変わりしない間は、生きていられる。

 でも、心変わりしたら――。それに、別の誰かが明確にグイニスを殺したがっていた。その誰かとは分かっているけれど、そうだと思いたくなかった。

 だって、認めるのは辛いから。知っている人だから。昔はもう少し優しかったから。だから、変わった人の今の姿を見るのは辛くて、恐かった。

 いつまで生きられるか、分からない自分に心を寄せてくれる人がいる。

 それは、グイニスの心に優しくしみた。

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