第91話

「その上、流行病が起こるとカートン家は必ずその地域に出向いたので、一時はカートン家が病を引き起こしていると勘違いされて、犯罪者扱いされたこともあった。

 だから、初代の前の五十年ほどは医者として生きていけなくなり、闇医者として生きるほかなかった。まあ、この時代があったから、どんな患者でも診ようという気概と覚悟は生まれてきたかもしれないね。」

 確かにそうだった。カートン家の医師は“どんな”患者でも診るという。母のジリナによると金持ちからこじきまで診ると言っていたが、その中には公には言えない裏社会に生きるような人達も含まれているらしい。

「さらに、毒の解毒ともなればカートン家に依頼する、というのが暗黙の了解みたいになっていた。闇医者で生きるということは、表に出せない病状を治せというのもあるわけだ。貴族なんかに多く、その病状の大半は毒による中毒症状だった。

 だから、必然的にカートン家は毒について学ぶようになり、毒について強くなり、毒と言えばカートン家となっていった。その結果、カートン家は毒使いと呼ばれるようになった。その頃にはすでに、今見つかっているほとんどの毒を知っていて解毒できるようになっていたからね。

 そういう経緯があったから、今でもカートン家は一流の医者の家門とは認められておらず、毒使いだと馬鹿にされて風当たりは強い。少しでも間違いがあれば、宮廷医師団長の座と宮廷医の資格を剥奪はくだつしにかかる。」

 セリナは信じられなかった。確かに最初は毒専門だったのかもしれない。しかし、なぜ、二百年間も宮廷医を輩出し続けている医者の家門を馬鹿にするのか、理解に苦しむ。

「そういう中でカートン家がくじけずに来れたのは、はっきりした目標と信念があるからだ。全ては多くの患者を救うためであり、必ず将来役に立つようになる。名声ではなく、必要とされること自体が私達の勝利だと考えている。

 そういう意味では私達の勝利だといえる。多くの医者の家門が医術を秘匿しようとしたのに対し、カートン家は門戸を開き、多くの人に惜しみなく教える道を選んだ。

 だから、どんなに妬みによって追い落とそうとしても、多くの人が私達を認めてくれているから、簡単に宮廷医の資格を剥奪できないようになっている。

 君にはそういう信念があるかな。信念がないと迫り来る困難を乗り越えることは難しいだろうね。」

 ベリー医師は優しくない。フォーリより厳しいことをさらっという。フォーリは厳しいながらも、セリナが分かるようにかみ砕いて説明してくれた。だが、ベリー医師は難しい話をそのまま、重い荷物を投げ渡すようにして、ぼんっとセリナに投げかける。

 セリナだって分からないのに、急に答えを求められてセリナはいらついた。なぜ、こんなにも答えを求められなければならないのか。

「……信念って、急にそんなことを言われても分からない! だって、なんで、ただ、わたしは若様が優しいから、素直で可愛いし殺されるのが嫌だって、ただ、一緒にいたいって思っただけなのに、なんで、そんな覚悟が必要なの! ただ、ちょっと夢を見たかっただけなのに…!」

「うーん。やっと本音が出たね。」

 セリナが思わず叫ぶと、ベリー医師はふむと頷く。

「まあ、やっぱり年頃の女の子だから、その程度のものだったかな。それがどういうものか、本当のことを理解していないかった。」

 その程度と言われ、セリナは非常に腹が立った。

「君はどうしたいんだろうね。君の口ぶりだと若様と仲良くなって、みんなに見せつけて自慢したかっただけだったってことかな。それなのに、命まで賭けるのは割に合わないと怒っているわけか。」

 ベリー医師に追撃するように続けて言われ、腹が立っているのに、言葉が出て来なくて言い返せない。

 でも、分かっていた。本心を言い当てられたのだ。

 少しくらい、いいじゃない。

 だって、いつも馬鹿にされているから、みんなに見せつけたかった。自慢したかった。若様と仲良くなって、焼いたパンを食べて貰って、わたしは信用されてるから、そんなことができるんだって、自慢したかった。

 どうせ、若様とは本気になれないと分かっている。結ばれる仲じゃないって分かってるから、村にいる間だけ若様と仲良くしていられれば良かった。

 少しの間だけ、夢を見たかった。

「何よ、それがいけないことなの……! みんなを見返したかった! だって、若様はだめだって分かってるから、少しの間、側にいて自慢したかったの! それに、可哀想だし、素直で可愛いから……!」

 本当は言っちゃいけないって分かってたけど、口は止まらなかった。

「君は、若様の気持ちを考えたことはあるのかな?」

 冷静な、冷たいとも言えるベリー医師の声を聞いて、セリナは思わず相手の顔を見上げた。

「…え?」

 怒って頭に血が上っていたが、冷や水を浴びせられたように一気に冷める。

 若様の気持ちなんて、考えたことはなかった。

「君の言っていることは、結局、若様の気持ちをもてあそぶ事になるんじゃないかな? 若様は本当に君の事を友達だと思っている。

 だから、今回の事件は誰の責任でもないと、はっきり明言された。そうでないと君が犯人にされてしまい、殺されてしまう可能性があったからだ。君が犯人でないことは明らかであるが、利用されたのは事実。そういう状況を君は作ってしまった。

 その責任から本当は逃れることはできない。フォーリの言うとおりに。」

「……。」

 若様の気持ちをもてあそぶつもりなんて、全くなかった。

「君は若様の真心を踏みにじっているんだよ。それを理解しているのかな? 分かるかい? なぜ、若様がパンの味が変だったのに、無理をして食べたのかを。」

 分かるわけがない。セリナだって疑問だった。早く吐き出してしまえば良かったのに、そうすれば、あんなに苦しまなくて済んだはずだ。それなのに、なんで食べたのか。

「君のためだ。」

「……え?」

 君のためって、わたしのため? セリナはびっくりして息が止まるかと思った。

「犯人が誰なのか、はっきりしない時点で異常を告げれば、君が犯人としてヴァドサ隊長に、その場で殺されてもおかしくないからだ。親衛隊の隊長とはそういう立場の人だ。若様はそれを理解されている。だから、若様は我慢した。更に犯人が動くのを待ったんだ。明らかに君が犯人ではないと判断できる状況を待った。」

 衝撃しょうげきを受けすぎて、少しも動けなかった。

「若様はすぐに毒だと分かったはずだ。口の中もただれて痛かったはずだから。食べるのさえ苦痛だったはずだ。しかも、口の中の水分を吸い取ってしまうパンだ。それでも我慢した。動けなくなるまで我慢したのは、君のためだった。君を助けるために。」

 セリナは呆然とベリー医師を見つめていた。あまりのことに、感情がすぐに追いつかなかった。

「ど、どうして、そんな……。わたしなんかのために? 命がけでがまんしたの?」

「君は若様のことを、宝石のような飾り物と思っていたのかもしれないけれど、若様は本気で君が友達だと思っている。だから、助けようとしたんだ。君は、若様のその気持ちに本気で答えられるのかな? 自分の置かれた状況に文句を言う前に、よく考えてみるといい。」

 ベリー医師は静かに立ち去った。

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