第90話
「……それは、フォーリさんはニピ族だし、そんなこと、簡単にできて失敗もしないんでしょうけど、わたしには無理です、そんなこと。」
セリナは自分でも
「多くの人は勘違いをしている。ニピ族は最初から失敗をしないのだと。でも、それはまったく違う。先人達が多くの失敗を繰り返し、少ない成功から失敗をしにくい事例を見つけ出し、経験を積んで今がある。」
思わずセリナはフォーリを見上げた。眉根を寄せて、たぶん少々辛そうな表情をしている。鉄面皮なので表情を読みにくいが、おそらくそんな感じだろう。
「我々は護衛という任務の特性上、多くの死に向き合わなければならない。任務のために殺さざるを得なかった命、助けられなかった仲間の死、守るべき
「……。」
「まだ聞きたかったら、カートン家一門のベリー先生に聞くといい。」
「……。」
別に聞きたくない。でも、そんなことは言えなかった。
「カートン家一門が今までにどれほどの人を殺してきたのかを。」
セリナはぎょっとしてフォーリを見上げた。
「そんな言い方、ないんじゃ無いんですか!? だって、多くの人を治しているのに、ひどい言い方です!」
「ようやく、まともな反応が出てきたな。別にひどくない。我々の護衛でさえ、多くの人の死の上に今がある。直接、人の命に関わる医者の一門だ。一体、どれほどの命に向き合ってきたと思っている。まあ、お前の頭は悪くないのだから、よく考えてみることだ。」
フォーリは時々、皮肉を言っているのか
「おやおや、フォーリ殿はまだ十代の少女にも
当のベリー医師がやってきた。
「命に関わる。
フォーリは平然と答える。
「まあまあ、そうかもしれませんな。その後の治療は医師の役目ですし。」
ベリー医師がやってきたところで、フォーリは戻っていく。セリナとリカンナはどうしたらいいのか分からず、戻ろうとした。
「君達はまだだ。仕事があるなら、とっくに君のお母さんが呼びに来ている。」
ベリー医師に引き止められ、セリナとリカンナは顔を見合わせた。
「先ほどのフォーリ殿の言ったことだけど、あれは本当のことだ。カートン家一門は、それは数え切れないほどの人を殺し、その命の上に今がある。」
セリナは殺すという表現に抵抗があった。
「でも、先生、殺すって。おかしいでしょ、人を治しているのに、殺すなんて言い方、変です。」
「まあ、確かに治してはいる。でも、治せる人もいるが治せない人も大勢いる。全員を助けられるわけではない。神でもあるまいし、失敗もなく助けられるとでも? 私だって治せなくて死なせてしまった人は何人もいる。治療法を間違い、病を悪化させてしまったこともある。
だけど、努力している。カートン家が神のようになんでも治せると人には思われているが、そんなことあるわけがない。我々が一番、神ではないことを知っている。
もちろん、人を死なせてしまったら落ち込む。ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔はつきない。多くの治せなかった人達の死の上に、今のカートン家がある。
カートン家は初代がカートン家と名乗る前、それまでは毒使いの一族だと思われていた。藪医者で多くの人を殺す、草や石や昆虫なんかを集める変わり者の集団。そう思われていた。
だが、カートン家はそれまでの医師の家門がやらなかったことをやった。それは千年の長きにわたり、多くの薬草や毒草、さまざまな鉱物などを集め、それらが人にどのように作用するか記録し続けた。
千年の下積みがあったから、初代は凄まじい勢いで多数の薬を作り、流行病を治し、多くの医学書を
「……せ、千年も。」
別に聞きたくなかった話だが、いつの間にかベリー医師の話に聞き入っていた。隣のリカンナも同様だった。
「そう。それだけ、多くの人を助けられずに殺してきたことになる。医者だって間違う。死なせないで治療できたら、それが一番いいが、いつも上手くいくとは限らない。
問題は、失敗した後どうするかだ。先人達の試行錯誤の上に今がある。同じ失敗をしないよう研究し、努力してきた。そして、今でも研究を続けている。未だに人体を解明できていないからね。」
セリナは目を丸くした。カートン家の医者といえば、何でも知っていると思っていた。当然、人の体も全部知っていると思っていたのだ。だから、当のカートン家一門の医師が、しかも、若様の専属医としてついてきている医師が、そんなことを言うとは思わなかった。意外すぎて言葉が出て来なかった。
「今も解明できていないって。…それに、なんでそんなに長い間、医者であろうと決めて、子孫がそれを引き継いで来れたんですか? 普通、藪医者だと言われたら、途中で
セリナの質問にベリー医師が少し笑った。
「カートン家が藪医者だと言われた理由が分かるかな?」
セリナは首を振る。見当もつかない。
「分かりません。」
「他の医者が敬遠するような病や怪我も引き受けたからだ。どんな医者も見放した患者を診ようとした。死にそうな人もみんな引き受けた結果、死亡率が高くなり、カートン家に行ったら死ぬと人々は思うようになった。実際には治った人も多いが、人は成功例よりも失敗例の方が記憶に残る。」
当時、医者にかかれた人はどんなにほっとしただろう。でも、治ると期待したのに治らなくて、がっかりもしただろう。家族が死んだ人達が、カートン家に行ったら死んだと言ってしまう。そして、そういう悪い噂が立ってしまう。悪循環だ。それはセリナにも理解できた。
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