第11章 セリナの本心

第88話

 あの事件から七日ほど経って、ようやく屋敷内は落ち着いてきた。

 村でも大騒ぎになった。ジリナが口止めを図ったものの、口を閉じているのは少しの間だけだった。人の口に戸は立てられぬということわざ通り、誰があんなことをしたのか村人達はうわさし合った。

 もちろん、落石事故だと誰も信じていない。噂し合う一方で、村人達は薄々勘づいていた。村人の中に協力者がいるのではないのか、と。そうでなければ、あんなに上手く石や丸太を転がすことができないのではないか、ということに気づいている者もいた。

 だが、そんな不安を打ち消すように、村人達は誰が刺客を送ってきたのか、噂し合っていた。

 明らかに誰かがあの可愛らしい若様を狙ったのだ。若様は散歩に出たり、狩りや釣りにも出かけていた。村人はそんな姿を遠くから目撃していたし、若様と呼ばれている本当は王子様を一目見ようと、普段は行かない山に行ったり遠くの放牧地に出かけたりしていたのだ。それで、お人形さんのような王子様の姿を目撃していた。

 さらに、親衛隊が軍への報告のために定期的に村の中を通り、その際に側溝を直してたり、道を整備したりするため、若様と呼ばれている王子様に対する気持ちも和らいで、なじみがあるものに変化しつつあった。

 だから、一体どういうことだとみんな噂し合った。こんな片田舎でも王妃が若様のことをうとましく思っていることくらい、伝わってきている。

 村ではしばらく噂は絶えないが、屋敷内では徹底的に口止めされていた。ジリナが厳しくして“洗濯当番”という罰の脅しが利いていた。

 そんな屋敷内をセリナは沈んだ気持ちで歩いていた。人生で初めて、こんなに落ち込んだと思う。今までこんなに落ち込んだことはない。

 若様が口にしたのは大変な猛毒だったらしいのだ。しかも、しばらく我慢して走って歩いたので、余計に毒が回ってしまったのだという。

 ――もし、パンを焼いて行かなかったら。

 そればかりが頭の中を巡る。どうやって若様と顔を合わせたらいいんだろう。どうやって謝ったらいいんだろう。それより、フォーリは本当にセリナに対して怒っていないのだろうか。

 そんなセリナを、この一件に関わっている大人達が代わる代わる慰めた。親衛隊の隊長であるシークをはじめ、ベリー医師もフォーリもみんな自分に責任があると言った。さらに、セリナが落ち込んでいると聞いた若様がセリナを部屋に呼び、自分の責任だと言い聞かせた。

 普段だったら小躍りして若様の部屋に行って、話をしただろう。でも、そんな気分になれなかった。若様の顔をちゃんと見れなくて、うつむいたままだった。若様の顔を見た途端、また泣き出してしまいそうだった。そうなれば、若様を心配させてしまう。だから、早々に部屋を退室した。

 みんな、自分に責任があるからセリナのせいではないと言う。普通、自分が責任を取りたくないものだ。でも、若様の側の大人達は自分の責任だと言った。

 みんな優しいと思う。少しでもセリナの心を慰めようとしてくれている。

 でも、分かっている。パンを勝手に焼いて持っていったりしたから、そこにつけ込まれたのだと。もし、若様が毒を口にしていなければ、もう少し早く逃げることができた。後悔してもしきれない。

 そんな調子なので、料理の手伝いから外された。みんなと一緒に洗濯や掃除を行う。

 リカンナと二人で玄関から門扉までの通路を掃き掃除していると、珍しく早馬がきた。馬なんてもの、若様には禁じられている。そのため、親衛隊の馬もいなかった。ジリナによると、親衛隊の馬を取り上げるなど聞いたことがないという。

 とにかく、領主は“村人の安全を図る”ために村内での馬の移動を禁じて若様達から馬を取り上げたはずだったが、領主の役人は馬でやってきた。

 そして、村娘達が何に使うのだろうと思っていた杭に馬をつなぐと、偉そうに二人を一瞥いちべつし、偉そうな態度で中に入って行った。やがて、二人の役人は偉そうな態度のまま帰って行った。

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