第86話
ジリナは先代の故リセーナ王妃に仕える侍女だった。リセーナは不思議な女性だった。優しいかと思えば、氷のように冷たい視線の女になる。それが王家の象徴である美しい朱色がかったような赤い髪の美しい女性であるから、余計に神秘的な雰囲気を醸していた。
リセーナに仕えるようになり、ジリナは早々に自分の美しさを鼻にかけるのはやめた。どこか浮世離れした美しさのリセーナを目の前にして、自分は美しいなどと口が裂けても言えない。
だが、みんなその美しいリセーナの性格が
侍女達は間近に仕える存在だ。だから、リセーナそっくりな別人がいるのではないかと噂していた。だが、本人に直接聞けるわけもなく、ただ噂として流れているだけだったが……。
「本当に別人ではないかと、みんな証拠を探していた。何かあるはずだと。それくらい、おかしかったんだよ。そして、時々、侍女が消えるのさ。おそらく、秘密を知って消されたんだと思ったね。」
ジリナの当時の王宮内の話を、さすがのフォーリも何も言わずに聞いている。
「……何か知ったのか?」
「まあ、知ったといえばそうなのかもね。わたしはただ、秘密の小部屋を知っただけさ。」
ジリナはある日、秘密の小部屋を発見した。王妃の居室の衣装部屋の奥に秘密の扉があり、そこが秘密の通路に繋がっていて、進んでいくと小部屋がいくつかあった。誰かが住んでいる気配がある。
さしものジリナも驚きを隠せなかったが、見つからないようにさっと痕跡を残さずに部屋を出た。
それから数日後、リセーナが姿を消した。王妃は時々、姿をくらまし、必死になって探しても見つからないのに、気がついたらいつの間にか居室に戻っていた。優しいリセーナの場合は『みんな、迷惑をかけてすまないわ。』と困ったように微笑み、優しく娘のリイカ姫を抱いたりしていた。だが、冷たいリセーナの場合は、氷のような目で一瞥し、リイカ姫も同じような目で見るだけだった。
ジリナには少し変わった能力がある。誰にも言ったことはないが、じっと見ているだけで相手の過去などがなんとなく分かることだ。だから、その能力で宮廷でも上手く立ち回ってきた。主の機嫌がいいか悪いか、何を求めているのか、違わずくみ取れたからだ。
それで、リセーナが“二人”いるのを確信していたが、さすがに誰にも言えなかったし、言わなかった。
ジリナはリセーナが姿をくらましたことで勘づいた。こっそり衣装部屋の秘密の通路を覗いてみると少し隙間が生じていた。開けて中に入れば音で気づかれるかもしれない。それで衣装の間に入り込んで隠れた。
そして、そこから出て来ないのに侍女達の動きで別の部屋にリセーナがいたことが分かった。あの地下通路と隠し部屋は他の部屋とも繋がっているかもしれない。だが、もう一人の冷たいリセーナと鉢合わせした場合、どうなるか分からない。ジリナはあのリセーナが大変、冷酷な女だと感じていた。
それでジリナはある日、一大決心をすると優しいリセーナの時にこっそり尋ねた。中庭を散策する時、二人だけになったからだ。
「妃殿下、何か隠しておられますね?」
最初ははぐらかそうとしたリセーナだったが、ジリナが衣装部屋と言った途端、顔色が変わった。
「……お前、そのことを誰かに言った?」
「いいえ。」
「それなら良かった。このことは誰にも言ってはだめよ。」
リセーナの声が震えていた。念を押されてジリナは頷いた。
「はい。ただ、妃殿下。どんなことであれ、そう長くは隠せないと思います。侍女達はみんな気づいています。」
「お願い、黙っていて。そうでないと、お前も殺されるわ。知らないふりをして。今まで通りにお願い。」
「……ですが、陛下も騙すことに。」
「いいから、言うことをお聞き。皆が害されずに済むようにするためよ。」
リセーナの珍しく厳しい言葉にジリナは不安を覚えた。確かに王妃が二人いる時点で大事であるが、リセーナはそれ以上に何かを怖れている様子だった。周囲をやたらと気にしている。
「陛下にご相談なさった方が……。」
「だめよ……!」
必死の形相でリセーナが拒否した。
「ですが、わたし共でさえ気づくのです。陛下がお気づきにならない訳がございません。それに、陛下でなくとも宰相殿下がお気づきになられるかもしれません。」
当時、王弟であるボルピスが宰相であった。聡明で切れるボルピスが気づかないはずがない。王に気づかれるより、大事になりそうな気もした。
「……そうね。分かっているわ。」
青ざめた顔色でリセーナは頷いた。
「でも、今は知らないふりをして。お願いよ。」
そう頼まれて、ジリナは知らないふりを続けた。でも、それから間もなくジリナはリセーナに呼び出された。
「いいこと。悪いけれど、ジリナ、あなたに暇を出すわ。親の急病ということにする。まだ、知られてはいないとは思うけれど、知られたら、あなたは殺される。だから、今のうちに出てお行き。」
庭園で誰もいないうちに囁かれる。
「ごめんなさい。これは仕事の紹介状よ。わたくしの名前があるから、どこかの貴族のお屋敷で雇って貰えるはず。本当はあなたにやめて欲しくないけれど、こうするしかないの。」
リセーナは困ったように微笑み、何度も謝りながらジリナを宮廷から送り出した。
そして、ジリナは王宮を出た。
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