第10章 ジリナの秘密
第84話
すっかり夜になって、屋敷の中はいつもどおり静寂が訪れていた。
ようやく、いつもより遅い夕食も終わり、ジリナはほっとしながら廊下を歩いていた。さすがに今日は疲れた。
首を回しながら歩き、誰もいない廊下ではたと足を止める。後ろから呼び止められたのだ。思わずぎょっとした。ついさっきまで、誰もいなかったのに。
「ジリナさん、少しいいですか?」
もう一度呼び止められた。
「はい。」
何とか平静を装ってジリナは振り返った。フォーリである。しんと静まりかえっている廊下に二人きりになる。ニピ族と二人っきりになるのは、どうにも居心地が悪い。
「話があります。」
「ええ。そのようですね。」
フォーリはじっとジリナを見定めている。物凄く居心地が悪い。なんだって、狭い廊下で声をかけるんだろうと思うが、逃げられないようにわざと狭い廊下なのだろう。
「単刀直入に聞きます。あなたは、一体、何者ですか?」
フォーリは静かに聞いてきた。彼は一人だが一切の隙がなく、逃げ出すことは不可能だ。逃げようとした瞬間、ニピ族の武器である鉄扇が
「誤魔化そうとしても無駄です。あなたはこの村の出身ではないですね?」
言い逃れはできそうにない。ジリナはため息をついた。
「どこで、それを聞いたんです?」
「聞いた……。確かに聞いている。あなたの言葉には、この地域特有のパルゼ語の
思わずジリナは笑った。まさか、こんなことで気づかれるとは。さすがニピ族。侮れない。
「おやまあ。それはそれは。ニピ族の耳がいいのは本当のようだね。わたしとしては、上手く誤魔化せていると思ってたんだけどねぇ。困ったものだね。」
ジリナはフォーリの様子を確認しながら、続けた。
「わたしも聞きたいことがあるんだよ。ニピ族は二つあるって本当かい? わたしがよく知っているのは、踊りの方でね。それでも凄いと思っていたのに、あんたはその上を行く。噂には聞いたことがあったんだけどね。踊りと舞の二つあるって。本当かね?」
すらすらと嘘を並べる。嘘も方便、完全に誤魔化せなくても少しは誤魔化せる。
ランプの明かり一つの暗がりの中で、フォーリの目が鋭くなった。
「はぐらかそうとしても無駄だ。まだ、私の質問に答えて貰っていない。あなたは一体、何者だ?」
ジリナはどう答えるか頭を巡らせる。フォーリがどういう答えを求めているのか。しかし、ニピ族相手に全て嘘は得策ではないし、通用する相手ではない。
「答えられないなら質問を変えよう。あなたは首府にいたことがあるはずだ。ベブフフ家の屋敷で働いていたというが、領地ではなく首府の方だろう?」
「…ふん、やはり騙されてくれないね。わたしの質問に
ジリナは頭を巡らせながら、ため息をついてみせる。
「……まあ、仕方ないか。そもそもニピ族相手に隠せる話じゃないしねぇ。」
わざと渋ってみせながら続ける。
「……わたしは首府にいたよ。王宮で一時働いていたさ。ま、わたしも若い頃は、それなりに美人で通ってたんだよ。」
フォーリは微動だにせずジリナの動きを観察している。ここで呼吸なりが乱れると、嘘があると見抜かれる。ジリナは平静を装いながら、フォーリの姿に既視感を覚えた。一瞬、心臓がドキリと跳ねそうになった。
(危ない、危ない。気づかれる。)
だが、見覚えのある人物と似ているのだ。できるだけ思い出さないようにしていた過去の事実。
ここのところ、毎日、思い出さざるを得ない。何とも皮肉な運命だ。王宮から逃げたのに、向こうの方から追いかけられているような気さえする。
しかし、一度たりとも臭わせたことはなかったはずだ。ジリナの教養だって、大貴族に仕えていたなら知っていておかしくないことばかりだ。それなのにフォーリは勘づいている。ジリナが何か知っていることを。
ジリナは因果な運命に思わず笑った。フォーリはそれを黙って見ている。何がおかしいとか焦りを見せないところも小憎らしい。自分より年下の若造だが、侮れない若造である。
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