第82話

「やめて! 殺さないで!」

 同じようにガタガタと震えていたエルナが、立ち膝になって両手を広げた。

「…お……、おねがいです、殺さないでください……。」

 エルナが泣きじゃくって震えながら、シルネのために命乞いを始めた。

「あ、…あたしたちが、わるいって分かってます……。わるいこと、しました。ごめんなさい。でも、殺さないでください。わかさまが、死にかけてることもセリナに聞きました。もう、にどとしませんから、おねがいします、おねが――。」

 その時、シークが動いた。嗚咽おえつと震えで上手く話せないでいるエルナの頭をぽんぽんと軽く撫でる。

「……ふぇ?」

 エルナはぽかんとして、シークを見上げる。

「良い子だ。従姉妹のために命乞いをしている。もういいだろう、フォーリ。ここら辺にしておいたらどうだ?」

 フォーリが大きなため息をついた。

「まあ、脅しにはなっただろう。」

「へぇ?」

 今度は村長が間抜けた声をあげる。

「いいか。」

 フォーリが村長とシルネ、エルナをじろりとにらむ。

「この娘達二人がしたことは、本来ならこうして死ぬほどの罪だ。だが、若様のために許してやる。若様は今回の件で誰も死ぬことを望まれない。だから、許してやる。しかし、二度はない。もし、今度何かあったら、たとえ若様が許されても私が決して許さない。それを心しておけ。今度は私が確実にあの世に送ってやる。分かったな?」

 フォーリの気迫に三人は気圧されながら必死にうなずいた。

「それから、村長。今回の事件。この娘二人がしたことは決して口外するな。娘を死なせたくなかったら、村の中でも当然、外では決して口にするな。今後、一切他言無用だ。そして、散歩中の事件も落石事故だ。分かったな?」

「は、はい。」

 村長が考えながら小さく頷いた。

「娘を助けてくれと頼んできた気概を、今後は隠すことに使え。そうでないと、娘の命はない。王に連絡が行ったら、どうなるか分かっているな?」

「はい。」

 今度は村長の首が大きくなった。

「帰っていいが、妻にも話すな。娘達は今夜はここで泊まりだ。しばらく身柄を預かる。黒幕に殺されるかもしれん。帰って来ないからといって大騒ぎするな。仮に死んだとしても文句は言わせない。分かったか?」

「…は、はい。」

 村長の顔色はどす黒い。

「お前のすることはなんだ?」

 フォーリは厳しい表情のまま尋ねる。

「娘達がしたことと事件は他言無用です。後は落石事故が起きたと……。」

「そうだ。落石事故が起きたと村民には言え。分かったな? たとえ疑われても、それを通せ。」

「…はい。分かりました。」

「それと。」

 フォーリは村長に手を出した。

「寄越せ。」

「…え?」

「油壺の代金だ。」

「は、はい。」

 村長は忘れていた油壺の代金を慌てて懐から出した。

「そういえばシルネ。」

 今まで黙っていたジリナが口を開いた。

「あんた、絨毯じゅうたんの掃除をするんだよ。エルナに手伝わせるんじゃない。エルナは今日、あんたの命乞いをした。それがあるから、許して貰えるきっかけを作って貰ったようなもんだ。分かったね?」

 どうして絨毯の掃除をしないといけないのか、分からない表情でシルネが首をかしげた。

「あんた、忘れたのかい? さっき、お漏らししただろう。それを綺麗にするんだよ。」

「!」

 シルネは気がついて顔を真っ赤にした。

「それとあんた達、言うことがあるだろう? まさか、それも言われないと分からないのかい? 特にシルネ、あんただよ。エルナ、あんたは黙ってな。」

 分からないシルネがエルナに助けを求めて見たが、ジリナに先を越されてエルナも黙っていた。それを見たジリナは、つかつかとシルネに歩み寄った。

「いつまで、だらしない格好で座ってんだい! さっさと立ちな! ぐずぐずするんじゃないよ!」

 頭の上から雷を落とされて、シルネとエルナは慌てて立ち上がった。ジリナはシルネの襟首をつかむと、フォーリとシークの前に突き出した。

「さっさとやりな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る