第80話
案内されたのは、親衛隊員達が主に使っている棟の一角の部屋である。普段はあまり使っていない。こうした空き部屋はたくさんあった。
村長はさすがに娘のしでかした事に震えながら、部屋に足を踏み入れていた。そこにはシルネとエルナのほかにセリナも一緒にいた。リカンナも共にいる。
道すがらリカンナの家に行って、両親に今日はリカンナが家に帰らず屋敷に泊まることを伝えておいた。他の村人に言ったことと同じことを話したので、びっくりしながらも納得してくれた。リカンナの両親はジリナ達一家に対して、偏見の目はないので付き合いやすいから助かった。
「隊長。連れてきました。」
部下の言葉にシークが振り返る。ジリナと村長を確認すると、セリナとリカンナに退室して医務室にいるように命じた。医務室ならばベリー医師か村の医師がいるので、安全だからだ。犯人を捕らえていない今、生き残ったセリナが狙われることを想定してのことだろう。
親衛隊と共に食堂にいるという選択肢もあるはずだが、大勢の若者と少女二人が一緒にいるのもまずいと、シークが気を利かせてくれたようである。
さすが隊長だとジリナは心の中で褒め称えた。なんせ、田舎の村にいる男共ときたら、そんな気遣いなんぞ一切しないので、ちょっとした気遣いが貴重な宝石のように光り輝いて見えたのだ。顔も端正で剣術の腕も立ち、有名剣術流派の名家出身で、性格も良いときたら四拍子も揃っている。いや、四拍子どころではない。働き者で五拍子揃っている。
すっかりシークが気に入っているジリナであったが、そんなことはおくびにも出さず、セリナとリカンナが戻るのを見送る。
「リカンナ、悪いけどセリナを頼むよ。」
行き際に声をかけると、リカンナは困ったように
「シルネ、エルナ、二人とも無事なんだな。」
村長は何を思ったのか、開口一番そう言った。本来、王子である若様の厨房に入り、油壺を壊して怪しげな薬を水瓶に入れた時点で、牢屋に入っているものである。たとえ“無事でなくとも”文句を言える立場ではない。隊長のシークの判断によっては、すでに首を刎ねられている可能性だってあるのだ。
それがされていないだけ、温情ある対応である。親衛隊の隊長であるシークに礼を言うことはあっても、間違っても文句を言ってはいけない。そして、この場で一番上の立場であるシークの許可無く発言するのも、あり得ないことだった。
「父さん、良かった、来てくれたぁ。あたし、どうしよう、あのね――。」
「お前達が何かしたと聞いてきた。何をしたんだ、全く。いたずらも度が過ぎたらいかんと言っているだろう。」
「うん、そうだけど。こんなことになるなんて、思わなかったんだもぉん。」
シルネが父親が来たと思った途端、甘えた声を出している。このままでは延々と親子の会話が続き、その延長で屋敷を出ようとするだろう。あわよくば金さえも払わずに出ようとするはずだ。さっきまで震えていたくせに、強かな村長の考えを見越していたジリナは介入することにする。
繰り返しになるが、この場で一番立場が上、つまり一番偉いのはシークである。彼が許可していないのに、勝手に親子で話し始めるなど言語道断だ。彼が穏やかな人だから、生きているだけなのだ。
親衛隊は特別部隊である。花形の職業の中でも上の上である精鋭部隊だ。親衛隊であれば、王族に危害を加えようとしたとして農村の親子を今、剣で斬り殺しても罪には問われない。
それが、分かっていないのだ。
シークが今この場で剣を抜いて斬っても文句を言えない。
「二人とも、何、勝手におしゃべりしてんだい?」
シークが口を開く前にジリナは静かに親子に告げる。ジリナの冷たい声に親子が振り返った。
「勘違いしてんじゃないだろうね? あんた達、罪を見逃して貰えると思ってんのかい? 今、この場で一番偉いのは、この隊長殿だよ。親衛隊の隊長は、王族に危害を加えたとはっきりしている場合、自分の判断で処断していい。あんた達の命は、この人に握られてるって分かってんだろうね。」
二人の顔色がさっと悪くなった。エルナはただひたすら息を押し殺している。
「よく知っていますね、ジリナさん。さすがです。」
その当のシークが口を開いた。彼が話し出した以上、主導権は彼にある。
「いえ、昔取った杵柄ってやつでね。たまたま、覚えていただけですよ。」
そう言って、少し後ろに引き下がる。
「村長、さっそくですが、本題に入ります。」
すでに村長とシークは面識がある。それに、シークは隊長として軍に報告を出すため、たびたび屋敷を出て一番近い街のヒーズまで行く。その時、村の中を通るので意外に村人と顔見知りになっていた。
「今日、来て貰ったのは、シルネとエルナのことについてです。おそらく、村では二人が油壺を壊したとだけ聞いてきたと思います。」
さすがに姿勢を正した村長が頷いた。
「あの――。」
油壺の弁償のため、懐に手を差し入れようとした村長は、シークに手で制される。何気なく自然だったが、怪しい動きは見逃さない。
「最後まで聞いてください。実は、村長には詳しく全部お話しなくてはと思います。二人がしたことですが、単純に油壺を壊したのではありません。」
さすがの村長も緊張が走り、顔が強ばった。
「まず、顔なじみではない、新しく村に来た商人に唆され、若様つまりセルゲス公殿下の厨房に入った上、油壺を壊して油を
村長の顔から血の気が引いた。
「その上、我々親衛隊の厨房でも同じようにするよう言われたということですが、人もいましたし、入れなかったということです。」
村長が震え始めた。伊達に村長をしているわけではない。これがいかに重罪か、彼には分かっていた。王子の暗殺に手を貸したと言われてしょうがない状況だ。いや、しょうがないも何も手を貸しているのだ。
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