第79話

 ジリナは畳みかけた。

「あのオギリっていう、商人にそそのかされてやったって言ったよ! 絹のリボンを貰ってね! 屋敷の放火に加担して、万一、王子様が死にでもしたら、どうするつもりだったんだい!? あんた、オギリに唆されて、シルネにやれって言ったんじゃないだろうね!?」

 すると、ワコナは慌てて首を振った。

「ち、あたしは、そんなこと! 言ってないさ、知らなかったよ!」

 それは本心だろうとジリナは判断する。ワコナの顔色はすっかり青ざめている。それよりももっと悪い顔色は村長の方だった。彼は伊達に村長をしているわけではなかったので、よりその罪の重さを理解していた。王子暗殺に加担した、そんなことが知られたら村一つ滅ぼされてもおかしくない。

「幸い、カートン家の先生に見つかったから、未然に終わったさ! でもね、村長、そのことであんた、親衛隊に呼ばれてるよ! 覚悟するんだね!」

 村長は震えていたが、やがてため息をついて頷いた。

「……分かった。」

 その声は掠れている。娘のしでかした罪によって処刑されるかもしれない。さすがに田舎村の村長でも、それくらいは分かっていた。

「…ちょっと、あんた!」

 ワコナが夫の腕にすがりつく。

「あたしも行くさ! 一緒に行って、シルネの罪を何とか軽くして貰えるように頼むんだよ!」

「お前は家で待ってろ。シルネとエルナはちゃんと帰るようにして貰うから。そうだ、油壺の弁償用の金を用意をしろ。」

「でも!」

「いいから、早くしろ! それくらいはして、シルネの罪を軽くしねぇでどうする!」

「でも、どれくらい用意すればいいんだよ!」

 さすがに弁償する気があるようで、ジリナはほっとした。ところが、ワコナは何かに気がつき親衛隊の一人に詰め寄った。

「ちょっと、あんた達、今の本当の話かい!? 嘘だろう! シルネが――。」

「おい、やめろ! ばかか、お前は!」

 村長が妻の襟首をつかんで引き戻す。村長が動かなかったら、ジリナがひっつかんでいただろう。

「だって、この人達、何も言ってないじゃないか!」

「何も言わねぇってことは、やったからだろうが!」

 ワコナは頼みの夫にも怒鳴られて、しょんぼり肩を落としている。

「いいから、早く金を用意して来い。」

 ようやくワコナは動き出した。

「…それで、あんた、どれくらい用意すればいいんだい?」

 ジリナは偉そうに聞いてくるワコナに呆れてため息をついた。

「そうだね。ありったけ用意しろと言いたいところだけど、あの隊長殿は余計な金は受け取らないお人さ。きちっと油壺代だけを回収されるだろうよ。」

 ジリナの前置きにワコナの表情が明るくなる。ワコナは金に目がない。ケチなのだ。だが、今はそんなことでケチっている場合ではないと本当に分かっていないようだ。

「最低でも三スクルだろうね。多目に五スクルあれば足りるだろうよ。」

「なっ!」

 三スクルは庶民には大金である。親衛隊の隊員でもちょっとした大金だ。一般庶民は銅貨のセルを主に使う。一スクルから銀貨になる。千セルが一スクルだった。

「ジリナ、この嘘つきめ! どこが油壺代だけなんだい!」

 口角泡を飛ばしてワコナは抗議する。

「分かってないね。油壺が高級品なんだよ。それを割ったんだから、当然、それくらいするさ。」

 淡々と返すジリナを鬼でも見ているかのように睨みつけ、ワコナは家に入っていった。

「…あのう、ジリナさん。一つ、聞いてもいいかい?」

 ワコナが家に入った隙に、村人の一人が聞いてきた。

「昼間、奥の放牧地に向かう小道の方で、地響きがして土煙を見たっていう奴がいる。お屋敷に近いし、やっぱり何かあったんじゃないのかい?」

 話が具体的だ。やはり、目撃者がいたようである。ジリナは用意してあった答えを口にする。

「落石事故だよ。ちょうど、王子様がお散歩中に起きたのさ。だから、親衛隊の数人が怪我をしてね。」

「それでか、先生が留守だったの。」

 村人の一人が納得した。“先生”とは村に常駐しているカートン家の医師のことである。先生でこと足りるため、誰も医師の本名を知らなかった。

「落石事故って……。」

 村人達は不安そうに顔を見合わせる。

「王子様は何とか無事さ。同行してたセリナがちょっと怪我をしたけど、腕をりむいただけだ。」

 若様は無事だと伝えることになっている。

「セリナが同行してたって…?」

「本当に大丈夫なのかい?」

 幾人かの村人がさすがに心配している。

「大丈夫だよ。転んで擦りむいただけさ。」

「それなら、良かったよ。ちょっと大きな地響きで土煙もすごかったって聞いたから。」

 一番最初に聞いてきた村人がほっとしたように口を開いた。

「親衛隊員も命に別状はないよ。」

 村人とのやり取りはジリナがすると来る前に決めている。ジリナが答えると、さすがに親衛隊の方に村人が目を向けたため、森の子族の隊員が口を開いた。

「ジリナさんが言った通りです。昼間、セルゲス公殿下が散歩中に落石事故が起きました。隊員の数名が怪我をしましたが、命に別状はありません。セリナも無事ですし、当然セルゲス公殿下もご無事でいらっしゃいます。」

 親衛隊員の言葉に村人達は顔を見合わせる。森の子族の隊員だから余計だ。

「それで、村長、シルネとエルナの件で一緒に来て下さい。そのことで、セルゲス公殿下からもお話があります。」

「…お、王子様からですか!?」

「はい。」

 セルゲス公から話があると言われ、村長は慌てだした。

「どうしよう、わしのこの格好でいいんだろうか? こ汚ぇ格好だ。」

 さすがに王子様の前に出るに当たり、まずいと感じているらしい。

「構いません。急なことですので。」

 親衛隊員に言われ、村長はうなずいた。

「分かりました。それにしても、あれは遅いな。」

 村長は慌てて家に入ろうと玄関の扉を開けた。すると、目の前に立っていたワコナとぶつかりかける。

「おい、何やってんだ、お前は! 早くしなきゃならんのだ!」

「だって、こんな大金……。やっと、八スクル貯めたんだよ、五スクルなんてほとんど無くなるじゃないか。」

「それで、シルネとエルナの命が助かるんだ、仕方ないだろう!」

「シルネだけならまだしも、エルナの分までなんて!」

 姪のことでケチっていると知って、さすがの夫も言葉を失う。

「姉さん、ひどいよ! あたしの旦那が死んだからって馬鹿にするのかい!?」

 すると、青ざめながらも黙って成り行きを見守っていた、夫と死別し村長の家に居候しているワコナの妹のニーナが叫んだ。

「いつもは我慢するさ、でも、今回のは許せないよ! いつも、いつも、シルネがエルナを巻き込んでさ! どうせ、シルネがやるって言ったんだろうさ!」

 ニーナは泣きながら叫んだ。

「……分かったよ。行ってきておくれ。」

 村人の目もあるので、ワコナは折れて五スクルを夫に差し出した。夫である村長は財布の中身を確認し、懐にしまう。

 こうして、ようやく村長とジリナは親衛隊と共に屋敷に戻った。

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