第9章 村への根回し

第78話

 ジリナは村の娘達に、今日起きたことは落石事故だと伝えた。そして、屋敷で見聞きしたことは一切他言無用だと伝える。さらに、ほとんどの者を集団で帰宅させた。その際に親衛隊の数名が同行して確実に村に帰し、同時に村長を呼ぶことになった。

 村に送る隊員の中に森の子族の隊員が二人いるため、親衛隊員達にちょっかいをかけようとする村人達もいないだろう。さすが、隊長のシークはその辺もちゃんと分かっているとジリナは感心した。

 村長はさすがに少し緊張しながらやってきた。何か異常事態が起きたと察していたからだろう。もしかしたら、事件を見かけた者もいるかもしれない。帰ってきた娘達は、みんな緊張して青ざめて落石事故が起きたと言っている。

 ジリナがきつく言い渡し、約束を破った者は無期限で洗濯当番にするとおどしておいたので、しばらくは黙っているだろう。

 シルネとエルナに対しても、どんなに村長の苦情を受けようとも洗濯当番から変えていない。一向に聞かないジリナに対して、嫌がらせをしようと知恵を絞っていたらしいが、家と屋敷の往復しかしていないジリナに対して、大した嫌がらせをできるはずもなかった。そういう事情を村娘達も知っているので、黙っているはずだ。

 さて、村長を呼んだのは他でもなく、娘のシルネと姪のエルナがしたことについて説明するためである。

 ジリナは娘達の帰宅に同行した。シークは往復が大変だから屋敷にいていいと言ったが、若様にこの一件を“落石事故”にすると請け負ったのである。こういうことは最初が肝心だ。

 そして、ジリナが共に行ったこともあって、娘達は余計なことを言わずにそれぞれ家に帰った。村長の家に集まって、娘達の帰りが遅いと屋敷に詰めかけようと意気込んでいた村人達も、娘達が親衛隊と共に物々しく帰ってきたので黙っていた。

「ジリナさん、一体どういうことだい? 娘達の帰りが遅いから、心配してたんだよ。」

 さっそく、ジリナは数人の村人達に囲まれた。ここで数人にぼそぼそ喋っても意味がない。

「今から村長にも含めて説明するさ。」

 そう言うと、村長の前に進み出る。

「ジリナ、なぜ、うちの娘達が帰ってないんだ? あの子達はわしの娘だぞ? 分かっておるのか?」

 対面した途端、文句を言ってくる村長。ここぞとばかりに言ってくる。

「ええ、ええ、今から説明しますとも。」

 言いながら、ジリナはシルネとエルナをそそのかした者を追い出す作戦を実行することにした。作戦も何も、今、考えついただけだが、放っておくのは危険である。そいつがいる限り、また何かしでかすかもしれない。というか、村の子を唆したのだ。危険人物である。親衛隊は捕まえるつもりなのかもしれないが、知ったこっちゃなかった。

 村に住んでいる村人の安寧を先に確保する。

「村長、ところで新しく来た商人のオギリさんはいるかね?」

「オギリさん? それが、昼間っからすっかり姿が見えんでな。気づいたら荷物もなかったのよ。」

 どうやら先に逃げられたようだ。ジリナの話を聞いた親衛隊の一人も苦い顔をしている。森の子族の一人だ。今は彼がこの隊を仕切っている。

「そうかい。それは仕方ないね。」

「それより、なんで、うちの娘達がいないんだ?」

「どういうことだい? ジリナ、あんた、うちの子達にきつく当たって、どういうつもりだい!?」

 そこに村長の妻のワコナが割って入ってくるとわめいた。話がややこしくなる。シルネがシルネなら、この親達も親達だ。親がこんなだから娘もああなるのだ。

 ワコナはまくし立てる口だけは達者なので、ジリナでさえも会話の隙間を見つけるのに苦労する。それに、今日は黙って聞いているわけにもいかなかった。普段は適当にあしらって終わるが、今日はそういうわけにはいかない。

「お黙り!!!」

 ジリナは誰かが持ってきていた空の鍋を、広場の縁台に叩きつけて怒鳴った。バコン…! と鈍い音を立てて鍋がへこむ。村長の家の前は広場になっており、商人が来たときはそこで市が開かれる。話し合いも広場に集まる。何かと集まる場所になっているので、座ったり商品を並べたりする縁台もあった。

 ジリナの一喝に村長夫妻と村人達が一斉にぎょっとして、ジリナを見つめた。村長夫妻との一戦は避けられないと、こわごわジリナと村長夫妻を見比べる村人達もいる。

「――、一体、なんなのさ、怒鳴ったりしてさ! あんた、いい加減に――。」

 衝撃から立ち直って口を開いたのはワコナだった。さすが、シルネの母だ。そっくりである。

「いい加減にするのはそっちだね!!」

 ジリナは村長夫妻をにらみつけた。

「いいかい、まず、金輪際、あのオギリを村に入れるんじゃないよ!! 近隣の村にも伝えて、絶対に村に入れちゃいけないからね!!」

 怪しい商人のオギリを村に入れるなというのは、ジリナの勝手な判断だったが、親衛隊員達は何も言わなかった。

「…な、何を言ってるんだい! あんないい人なんざ、そうはいないさね!」

 ワコナが食ってかかった。ジリナはワコナを睨みつける。

「…どうしていい人だと分かるんだい? 初めて来たのにさ。」

「それは――。」

「村長の妻だからって、絹製のリボンでも貰ったのかい? 特別にってね。」

「……そ、そんなんじゃないよ。」

 ジリナの冷たい声に何か感じ取ったのか、ワコナの勢いが弱くなる。さすがに、他の村人の手前、貰ったとは言えないだろう。シルネといいそっくりの親子だ。

「他に何か言われてないだろうね?」

「…他にってなんだい。」

 すっかり尻すぼみになるワコナ。

「いやね、あんたの娘のシルネがね、エルナもだけど、お屋敷の油壺を壊すように唆されて実行したのさ。」

 あの後の話し合いで、村人にはシルネ達が油壺を壊したことまでは話すことにした。そうでないと、絶対に壊した油壺の弁償をしないからだ。一応、村長だという自負はあるので、村人の前で言われたら弁償しないわけにはいかなくなる。

「…は、何を言って?」

「う、うちの子達がそんなことするわけないさね! 言いがかりもよ――」

 パアン、といい音が響いた。ジリナはワコナの頬を叩いた。頬を抑えて目を丸くしてワコナは体をわななかせている。

「言いがかりなものかい! シルネもエルナも、すっかり白状したさね! カートン家の先生に現場を目撃されて、逃げようとして捕まったんだよ! 馬鹿なことをしたんだよ! 油壺だってご領主様の物さ! しかも、その後、どうするつもりだったか、考えもしなかったって言うつもりかい! エルナは分かってたよ、放火されるかもしれないって! シルネがそんなことも考えに至らない、馬鹿娘だとあんたは言うつもりかい!!」

 村人達の間に動揺が走り、同時にしんと静まりかえった。屋敷に放火する、それはつまり領主に弓を引く行為であり、同時に村の他の娘達の命も奪うことになりかねない行動だ。

 さすがのワコナも唇を震わせながら黙っていた。

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