第69話

「隠さずに話せ。」

 セリナが何か隠していると判断したフォーリがすかさず言ってくる。きっと、セリナが言わなくても気がついているだろう。だって、さっき、綺麗なのを二人分、分けておいたと言ったのだ。毒が入っていたのは若様用のパンだったのだから。

「……その、フォーリさん用に分けておいたパンなんですけど、その、若様用のパンから分けました。だから、その……。」

 セリナは必死に泣くのを堪えた。きっと、顔はすごく変に歪んでいるだろう。

「わ…若様がパンを食べる時に、隊長さんの目を盗んで若様用じゃない包みから、毒味用のパンを渡しました、ごめんなさい! だって、みんな形がいびつになっただけで、みんな一緒だって思ってたから……!」

 きっと、凄く怒られるに決まっている、何かしら言われる、と覚悟していたのに、フォーリは静かだった。淡々とした様子にセリナは訝しんだ。

「そんなことは分かっている。親衛隊の毒味役の二人がピンピンしているということは、最初からそれ以外に考えられない。それに、さっきお前が綺麗な分は二人分、取り分けておいたと自分で言っただろう。」

 訝しんでいるセリナにフォーリは説明した。セリナは思った以上に静かに言われて拍子抜けした。少し脱力してしまう。

「もう一つ聞く。若様はパンを食べて何か言われなかったか?」

 パンを食べての感想。普通の状況だったら、すぐに思い出せただろうが、若様が毒に当たって苦しみだし、その後、帰り道で丸太などが転がってきたので、そのことに気を取られてしまっていた。

 セリナは考え込んだ。厳しく怒鳴られるなり、なんなりあると思っていただけに、それがなかったので心に余裕ができていた。その分、考える余裕もあったのだ。

 若様はパンを食べた時、何と言っていたか。何か言っていた気がするが、すぐには思い出せない。セリナは台の上にあるパンをにらみつけた。台の上にあるのは、重曹入りのパンだったはず。

 そう、若様用のは綺麗な焼き色で、発酵させたパンと区別できるようにした飾りも上手くいっていたから覚えている。他のはだんだんおざなりになって、区別できなくなってしまったが。

 その時、若様が質問してきたことを思いだした。

「! あ、重曹入りのパンを食べた時、何か風味が違うって言われました。でも、重曹のせいだと思ったんです。だから、重曹のせいですって言いました。」

 フォーリはそれを聞いてうなずいた。

「他には何か言われなかったか? 苦いとか。」

 セリナは必死にその時の状況を思い出したが、そうは言わなかったはずだ。

「分かりません。苦いとかは言われなかったように思います。そうです、わたしが発酵させたパンを少しちぎって渡したから、それを食べて全然違うって言って……。」

 同じ小麦粉からできてるのに、面白いねって言って……。セリナには普通のことだったから、不思議がる若様が可愛くて……。

「そうか、分かった。そこに座っていろ。」

 フォーリの声で我に返った。それ以上の話はない、と言うように後ろを向いて若様の方を見守っている。

 その態度は拒絶されているような気がした。当たり前だと思う一方で、それがとても悲しかった。少しずつフォーリとも打ち解けられているような気がしていただけに、余計に悲しかった。

 きっと、疑われているのだ。だって、セリナだけが知っていた。それが誰のパンだったのか。今の話は自分でしてみても、フォーリにも一緒に毒入りのパンを食べさせようとしたという話にしかならない。

 違うのに。若様に毒なんて食べさせてない。わたしじゃない。わたしじゃないのに…!

「わたしじゃありません。わたし、毒なんて入れない!」

 セリナは叫ぶなり、調べるために台の上に置かれている、重曹入りのパンを手に取った。冷え切ったパンは毒入りだと思っているせいか、おいしくなさそうに見えた。しかも、今げば、かすかにいつもと違う匂いがする。

(…なに、この匂い……。)

 なんか少し変な匂いだ。こんなパンを若様は食べたのだ。

「お望みなら、これを食べて見せます!」

 パンをちぎって口に押し込む。ガタッと音がしたが、セリナは必死になってパンを食べようとした。

(なにこれ、苦い。とても苦い! こんな苦いものを若様はおいしいって言って……!)

 その時、首に衝撃を感じてセリナは飲み込もうとしていたパンを吐き出した。フォーリに首を軽く叩かれたのだ。

「馬鹿なことをするな!」

 フォーリは素早くコップに水を注ぎ、セリナに口をゆすがせた。側の洗面器に何度も口に入れた水を出させた。

「馬鹿なことを! 死ぬつもりか!」

 こんなにフォーリに怒鳴られたことはなかった。あまりの迫力に我慢の限界がきた。

「だって! だって、どう考えてもわたししか、犯人はいないから!」

 悲鳴のような叫び声を上げた。涙がぼろぼろ溢れる。堪えきれずに座り込み、子供のように声を出して泣いた。膝に顔を埋めて泣いていると、頭に優しい手を感じた。

 フォーリが幼い子をあやすように頭をでてくれている。セリナが落ち着くまで待ってくれた。顔を上げると手巾ハンカチを出して涙を拭ってくれる。普段、厳しい人の優しさに胸がぐっと詰まったセリナだった。

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