第57話

 シークの命をかけてフォーリを助けるべく、危険な賭けに望むのかどうか。

「……分かった。ベリー先生、決めた。」

「若様、では、やめ――」

 ベリー医師の言葉を途中でグイニスは遮った。

「違う。」

 はっきりしたグイニスの言葉に、ベリー医師がややびっくりした顔で見つめている。今までグイニスは危険なことを避けてきた。ましてや、人の命がかかっている状況である。

「やめない。だから、ヴァドサ隊長、約束して。たとえ、私が殺されかけたとしても私の護衛をやめないと。死なないで欲しい。死罪なんて申し出ないで。そんなの嫌だ。」

 いつも、はっきり言わないグイニスがはっきり言ったので、ベリー医師も何より言われたシーク自身が一番、おどろいている。目を丸くしてグイニスを見つめていた。

「ですが……。」

「お願いだから…!」

 シークが何か言う前に口を挟んだグイニスだったが、お願いしながら、これではいけないと感じた。お願いではだめだ。任務に忠実で真面目な人で、忠誠心のあつい軍人だ。だったら、方法は一つ。

 グイニスは息を吸うと、しっかり足を踏みしめてシークを見上げた。

「命令だ…! これは私の命令だ。そして、犯人をあぶり出すのは、セルゲス公である私の責任で行う。もし、失敗したとしても誰の責任でもない。護衛隊長である親衛隊長のヴァドサ・シークに責任を問わない。なぜなら、私が無理に言ったことだからだ。私の責任だ。」

 震えそうになる体を叱咤してグイニスは言い切った。すると、シークが片膝をついて敬礼した。一番最初に会った時や、節目節目で必要な時に時々シークは敬礼する。制服が似合っていてかっこいいと思うし、敬礼されるとグイニスも緊張して背筋が勝手に伸びる。

「若様……。いえ、殿下、ご命令を承りました。ご命令のとおりに致します。」

 ベリー医師もそれ以上言わなかった。グイニスは時々、こんな風に“セルゲス公”になった。それは、どうやったらふさわしい態度になるのか考えた時、思い出したのが従兄の王太子タルナスだった。

 タルナスを実の兄のように慕っていた。タルナスは王太子になる前から、いつも毅然きぜんとした態度だった。嫌味を言う貴族や貴族の子息達などにも毅然としていた。子供だけでなく大人相手にも堂々としていた。

 それを思い出して、そのように振る舞っていた。それが、だんだん自然とできるようになってきたのだ。

 それにしても、あまりに自然とできるようになったためか、ベリー医師がさすがに驚いている。二人ともびっくりしている様子だが、こうでもしないと何もできない。そして、グイニス自身が一番、自分の変化に驚いていた。前はもっと勇気が必要だったし、変じゃないかとか戸惑いもあったのだ。だが、今はそんなことを思わなかった。

 やって当然というか、やらなくてはならないこと、そんな風に思えたのだ。

 グイニスは敬礼してくれているシークの前に一歩進んだ。

「……ありがとう、ヴァドサ隊長。」

「いえ、私の方こそ、若様にそう言って頂けて嬉しく思います。」

 前は敬礼されると、そんな資格はないと思って気が引けていた。でも、今は嬉しかった。頼りになる護衛隊長が自分の味方でいてくれる意思表明だから。

「若様、いいですか。」

 ベリー医師がそっと、グイニスに視線を合わせてきた。

「うん。」

「若様、決して無理はなさらないで下さい。いいですね。恐いと思ったり、無理だと思ったらすぐにヴァドサ隊長に言うんです。私がさっき言っていたからといって、犯人が出て来るまで待たなくていいんです。」

 グイニスは頷いた。元よりそのつもりだ。グイニスは自分がそんなに強くないことを分かっている。ただ、フォーリの手助けになればいい。何かそれくらい見つかればいい。犯人の手がかりになるものが、少し分かればそれでいいのだ。何も得られなかった場合は、残念だがそれも仕方ない。

「ベリー先生もありがとう。恐かったらすぐに言うよ。」

 グイニスの答えにベリー医師は、少しだけ安心したように頷きながら、困ったように優しく背中をさすってくれた。おかげでかなり呼吸が落ち着いた。

 恐くなるとすぐに呼吸が上がってしまう。

 グイニスの呼吸が落ち着いてから、ようやく出発だ。

「若様、行けますか?」

「うん。もう大丈夫だよ。」

 見上げてグイニスが答えると、シークは頷いた。

「それではベリー先生、行って参りますからよろしくお願いします。」

「フォーリのこと、よろしくね。」

 ようやく診療室を後にしたのだった。

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