第56話

 シークはため息をついた。ベブフフ家は宮廷を牛耳っている八大貴族の中でも、王妃よりで有名である。つまり、若様を目の敵にしている貴族の領内の村にいるのだ。圧倒的に若様に不利な状況である。少しの危険くらいでは、訴えても取り合ってくれないだろう。

「確かにベリー先生の仰る通りです。しかし、そうなれば若様の危険が増しますが……。隙を敢えて作ることになりますし。」

「ええ、もちろん。若様のご覚悟のほどが問われますな。」

 ベリー医師が言ってグイニスを見つめ、シークも心配そうに見ているので、グイニスは慌てて口を開いた。

「…わ、分かった。少しくらい恐くても痛くても我慢する。ベリー先生が言うとおり、二兎を追うのだから頑張る。」

 ここは自分が踏ん張らねばならない所だ。言った以上、やり通さなければならないのだ。

「ヴァドサ隊長、分かってますよね?」

 ベリー医師がシークを鋭く見つめる。グイニスが言いだしたことなのに、彼に責任がかかってしまうのだ。今さらながら、そのことに気がついてグイニスは申し訳なくなった。分かっているつもりだったが、本人を目の前にすると急にそのことを実感して意識した。

「分かっています。危険を冒す以上は、確実に犯人に繋がる情報なり何なり得なければなりません。」

「ええ、それはもちろんそうですが、それだけでなく……。」

 いつも、はっきり言うベリー医師にしては含みのある言い方に、グイニスは首をかしげた。さらにベリー医師はシークの肩をぽんぽんと叩く。何か催促しているような感じでグイニスはきょとんとした。

「分かっています、先生。もし、若様に何かあった場合は私が責任を負います。その時は陛下に死罪を申し出るつもりです。」

「やはり、そうですよね。当然、今回の場合はそうなります。」

 ベリー医師は納得したようにうなずいていたが、グイニスの方は納得するどころではなかった。自分が言い出したことなのに、なぜか親衛隊長のシークが責任を取るというのだ。

「まあ、ヴァドサ隊長、あなたならそう言うと分かっていましたが。」

 ベリー医師は言っているが、グイニスは困惑していた。グイニスが思ってもいないほど深刻な話の流れになっているので恐くなった。

「…ま、待って……! どうして、どうして私が言い出したことなのに、ヴァドサ隊長が責任を取って死罪になるの? 別に剣を握ろうとしているわけじゃないし、ただ、犯人を探ろうとしているだけなのに。」

 恐怖を感じると息があがってくる。思わず肩で息をしていると、ベリー医師に深呼吸をさせられた。

「若様、そういうことではありません。私は国王軍の親衛隊に配属されており、若様の護衛を陛下から申しつかっております。ですから、若様に害が及ぶ可能性があるにも関わらず、それを黙認した場合、任務を怠ったとして責任が生じます。ましてや、自らそれに関わった場合はなおさらです。」

 静かにシークに説明されて、グイニスは余計に息が苦しくなった。自分はただ、もう少し軽い気持ちで言っただけなのに。確かに調べなければならないと思ったが、フォーリの命もかかっていると思ったが、ここまで自分以外の命をかけることになるとは思わなかったのだ。

 フォーリを助けたいという気持ちで一杯だった。その気持ちが先走っていたのだ。でも、そんな自分のせいで大事になってしまう。

「……若様。フォーリは若様の個人的な護衛ですが、ヴァドサ隊長は違います。フォーリより何倍もその責任は重いのです。ですから、彼の命をかけたくなければやめた方がいいですよ。」

 ベリー医師は、さっきより優しい口調でグイニスに言い聞かせるように、ゆっくり背中をさすりながら言った。

 グイニスはどうしたらいいのか、分からなくなっていた。フォーリを助けたいのに、その手助けになるようにしようと思えば、シークに迷惑をかけてしまう。迷惑どころか場合によっては命さえ危うくなるのだ。でも、決断しなくてはならなかった。

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