第55話

 シークは深く考え込んでいた。ベリー医師の言うとおりである。だが、若様の言うことも一理ある。そして、機会はたった一度しかない。しかも、おとりはきかないというから余計に頭が痛い。フォーリの代わりを誰かがするとか、そんなこともできないのだ。

 用心深い上に狡猾こうかつで冷徹で残酷。

 今までの状況からシークが敵に持っている感想だ。若様の言うとおり、若様自身が囮にならないと敵は引っかからないのである。

 そして、フォーリが出し抜かれたということは、自分達はもっと出し抜かれる可能性があるということだ。気づかないうちに、若様が寝室で殺されている可能性だってある。敵がニピ族かもしれない、という状況はこういう危険がずっと隣り合わせということだ。

 いつまで用心し続けるか。敵を捕まえるまでである。しかし、根比べを続けた場合、憔悴しょうすいして疲れるのは、若様の言うとおりこっちなのである。敵はこちらが疲れるのを見ているだけでいいのだ。疲れた所をおそえばいいのだから。

 シークは静かに息を吐くと心に決めた。余力が残っているうちに、敵をたたく。若様の言う作戦を実行するしかないと。

「ベリー先生の言われるとおり、この状況はゆゆしき事態です。そして、若様の仰るとおり、敵がフォーリがいないこの好機を逃すことはないでしょう。誰が犯人かを調べるには良い機会です。犯人に現れて貰い、捕まえるしかありません。」

 シークの言葉を聞いてグイニスは嬉しくなったが、単純に喜んでもいられない。聞かなくてはならないことがある。

「で、でも、ヴァドサ隊長。親衛隊の中にも誰か、前みたいにいるかも……。」

 結局グイニスは最後まで言えずに尻すぼみになった。だって、恐いのだ。大好きな人達に嫌われたくない。すると、シークはじっとグイニスの目を見つめてうなずいた。

「…はい、その可能性もあります。二度あることは三度あるといいます。一度あったのですから、またないとは言い切れません。私もその可能性は頭に入れています。できれば、ないことを願いますが。」

 グイニスはシークが冷静に返してくれたので、少しほっとした。しかし、彼が大切にしている部下達を疑っているのだ。もしかしたら、少しは怒っているかもしれない。しかし、聞いてみるには勇気がいった。グイニスには勇気が出ない。

「若様。」

 じっと黙ったままのグイニスを見て、シークが声をかけた。

「もしかして、私の部下のことを若様がお疑いだと分かったので、私が怒るとお思いですか?」

「……え、えーと。それは。」

 いきなり図星をさされて、グイニスは言葉に詰まった。

「そのようなことはありません。むしろ、私は安心しています。それくらい、用心されませんと危険ですから。」

 そう言って、どこか悲しそうにシークは苦笑した。グイニスも裏切られた悲しさは知っている。だから、頷くしかできなかった。

「それよりも、若様。気をつけて行動しないといけません。できるだけ、私も若様のお側にいましょう。確かに相手を油断させるには、セリナがいた方がいいでしょうし、その方が若様も楽しいでしょう。しかし、セリナに怪我をさせないように、万一にも備えないといけません。二人だけにならないように、私も気をつけます。」

 シークの言葉にグイニスの表情がようやく明るくなった。

「分かった、ありがとう。」

 ところが、ベリー医師はむずかしい顔で黙り込んでいた。

「ですが、油断は禁物です。何があるか分からないのですから、あんまり長い時間はだめですよ。すぐに屋敷に帰れる距離であることが条件です。何か少しでも異変があったら、すぐに帰ります。いいですね?」

 グイニスは勢いよく頷いた。

「うん、分かったよ。」

「……しかし、あんまり近場でも相手は油断しないでしょうね。すぐに帰れる距離では、襲う余裕などありませんから。親衛隊に阻まれると思うでしょう。」

 反対しているくせに、ベリー医師は言い出した。

「やはり、どうせやるんだったら相手の尻尾くらいは確実につかんでおかねばと思いませんか?」

「ベリー先生、難しいことを言われますね。」

 若様に危険が及ばないようにしつつ、尻尾をつかむのは至難の業だ。シークとしては、今回の作戦で影くらいが見えれば上出来だと思っている。ここでの犯人の面影くらいが見えればいい。それなのに、尻尾までつかめと言うのだ。

「若様が言い出されたことです。少しくらい痛い目にっても、恐い目に遭ってもよいという覚悟なんでしょうから、尻尾くらいは確実につかまないといけません。お分かりでしょう? ここはベブフフ家の所領にある村です。面影くらいじゃ、犯人の一人が村人だった場合、捕縛すらできませんよ。」

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