第51話

「若様、聞いていますか?」

 ベリー医師の声で、グイニスは我に返った。

「今日、無理する必要はないでしょう。」

「……分かってるよ。でも、本当に敵が内部にいるなら、今日、狙ってくるはずだよ。誰かが敵だ。だけど、誰かは分からない。フォーリが寝ている隙に、フォーリを誰かが殺しに来たら嫌だもん。私は親衛隊がいるから、そう大々的には来れないはずだよ。」

 グイニスは必死にさらに言い募った。

「ベリー先生やヴァドサ隊長が違うことは分かってる。でも、ヴァドサ隊長の部下は分からない。もしかしたら前みたいに、ヴァドサ隊長の部下に何か言ってくる人がいて、言うことを聞かせているかもしれないし。」

 言いながら、グイニスは話が矛盾していることに気がついた。親衛隊の誰かが裏切っているかもしれないと言いつつ、親衛隊がいるから敵はおそってこないだろうと言っている。

「えっと、とにかく、ベリー先生はここにいて。」

 慌ててグイニスは言ったが、ふーむ、とベリー医師はむずかしい顔で腕組みをしていた。

「…つまり。だから、敵をあぶり出すために若様自らおとりになられると? それで、私がいると邪魔だから、フォーリを守りつつここにいろと言うことですか?」

「えっと、そこまでじゃなくて……。その、邪魔とか……。」

 別にベリー医師が邪魔だと思ったわけではなかったが、ベリー医師がいるとグイニスの考えが見抜かれた時に、きびしく叱られると思ったのは事実だったので、結局、一緒だった。

 それに、そこまではっきり言われるとは思わなくて、グイニスは言い訳をあきらめ、ごまかし笑いをした。

 この田舎の村に来る前、シェリア・ノンプディという女領主の貴族の別荘にいた。その時、美女の彼女と今の宮廷を掌握している貴族バムス・レルスリに色々と習ったことがある。二人は友人同士で美男美女として有名である。その二人はグイニスに言ったのだ。自分の容姿を利用しろ、と。

『殿下。とりあえず、分が悪くなったら笑顔を浮かべなさいませ。』

『笑顔は自分の本心を悟らせないためにも便利です。覚えておかれると良いでしょう。』

 そう言って二人はにっこりとうるわしい笑顔を優雅に浮かべた。

 それを咄嗟とっさに思い出し、グイニスはごまかし笑いをした。グイニスの人生で意識してした初めてのごまかし笑いだった。

「へへ、見抜かれちゃった。だって、フォーリは絶対に許してくれないから。」

 へへへ、と笑っていると、ベリー医師の目が点になり、それから真顔になってげんこつで頭を叩かれた。この先生は王族のグイニスにも遠慮がない。こうして、厳しく叱られないようにしようという、グイニスの試みは失敗に終わった。

「許してくれないって、当たり前です! フォーリやヴァドサ隊長の苦労を水の泡にするつもりですか……!?」

 ここは正念場だ。必死になってグイニスは口を開いた。

「大丈夫だよ、だって、ヴァドサ隊長とは一緒に行動するんだよ…!」

 グイニスは両手で頭をさすりながら反論した。

「今、ご自分でフォーリやヴァドサ隊長を出し抜いた者がいるって仰いましたよね?」

 ベリー医師の目が怒ってぎょろついていて恐かったが、必死になって声を張り上げた。

「だって、恐いんだ! 早くはっきりさせたいんだ。フォーリが憔悴しょうすいしきってしまう前に、なんとか犯人をはっきりさせたいし、はっきりさせるのも恐い。でも、フォーリが死ぬのは嫌だから、はっきりさせるんだ。」

 泣きたい気持ちをぐっと堪えて、グイニスはベリー医師を見上げた。

「…前みたいに……、ヴァドサ隊長の時みたいになるのは嫌だ。私からニピ族の護衛がいなくならないように、フォーリも一緒にヴァドサ隊長がずっと盾になって守ってた。それくらい、分かってる。」

 シークは強いと分かっているフォーリを、決して戦力として扱わなかった。初めて会った頃、グイニスはフォーリのマントの中に隠れていた。人と会って話をするのが恐かったのだ。そんなグイニスを見て、シークは一番必要なことをしてくれた。

 ただグイニスの側からフォーリを引き引き離さないよう、危険はずっとシークが矢面に立って守ってくれた。だから、時々フォーリが自分の判断で、シークの手助けに行っていた。

 しかし、シークは強すぎたのだ。どんな刺客を送っても、シークの寝込みを襲っても返り討ちにしてしまったためか、毒を盛られるという状況になった。どうやってもグイニスを守る邪魔な親衛隊を取り替えるために、敵はシークに毒を盛った。一命は取り留めたが体を壊してしまったのだ。

「でも、ここではフォーリが危ない気がする。」

 グイニスは恐い顔をしているベリー医師を見据えた。負けじと見つめる。

「私にとって、フォーリはただの護衛じゃない。フォーリがいたから生きられた。フォーリが側にいてくれて、何もひどいことが起きないって分かって、抱っこしてくれたから、私は安心して眠ることができた。それまで、ずっと、ただ恐くて震えてたから。」

 グイニスは泣きそうになった。すると、ベリー医師の眉間のしわがさらにぐっと寄った。

「最初は、フォーリは父上みたいって思った。でも、今は違うって分かってる。兄上みたいな感じだって分かる。私は父上のことを覚えてない。兄は従兄上がいたから、どんなか分かる。でも、父上のことは覚えてない。ぼんやりと棺の中に入っているのを覚えているだけで、顔は全く分からない。

 叔父上は、前は優しくして下さったから、父上はこんなだと思ったけど、本当は分からない。最近は父上じゃないんだって思う。父上と叔父上は違うんだって。」

 グイニスは自分でも何を言いたいのか、分からなくなりかけていた。ただ、この気持ちと感覚を何とか言葉に言い表そうとしていた。フォーリがただの赤の他人の護衛ではなく、それ以上の存在なんだということを。

「ヴァドサ隊長は…、初めて会った時からあったかくて、父上が生きておられたら、こんなかなって思った。目を合わせて頭をでてくれた時、失敗しても大丈夫だって思えて、ほっとした。

 それで、フォーリは……何も言わなくても分かってくれる。私が寂しいとか、怒ってるとか悲しいとか、何でも分かってくれる。服を引っ張っただけで、上手く言えない私が何を言いたいのか、分かってくれる。」

 言葉にしながら、グイニスは自分が思っていることをようやく理解した。そうだ、フォーリは言わなくても理解してくれる、心強い味方。どんな時でも、味方でいてくれる。

「それに、フォーリは命がけで守ってくれるだけじゃなくて、私がだめな時は叱ってくれる。この間の時もそうだった。落ち込んでいる時は慰めてくれる。だから、フォーリが死んだら恐いから、だから、早く犯人をはっきりさせたい。」

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