第50話

「それで、何をするつもりですか?」

 ベリー医師の鋭い視線を受けて、グイニスは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「私は知っている。フォーリはすごいけれど、それでも人だ。ニピ族は確かに寝込みをおそわれても、それに対処できるように訓練されているのは知ってる。でも、本当に疲れ切っていたら別だ。寝込みを襲うのが一番、確実だ。

 ここに来てからも、来る前からもフォーリはあまり休んでいない。田舎にいたら少しは安心できるかと思ったけれど、そうでもない。人手がない分、フォーリの負担はかえって増した。

 まず、料理係の人が亡くなった。フォーリが料理をするようになったから、フォーリの仕事が増えた。食料の調達のために釣りや狩りをする。外に出れば私を殺す機会は増える。現に私は殺されかけた。今までよりもフォーリの仕事が増えてる。」

 実際にフォーリの仕事は増え続けていた。グイニスの衣服に毒針が仕込まれていたこともあったので、グイニスが身につける物は下着から全て確認する。引き出しに強い眠り薬が入れられていたり、蝋燭ろうそくを毒入りの物に取り替えられていた事もあったため、フォーリが全てを確認していた。

 それに加えて料理などの家事である。洗濯はジリナがしてくれているが、それでも負担は大きい。

「私はとても心配だ。もし、私が敵ならまず最初に護衛のフォーリを始末し、それから無力な私を殺す。確かに親衛隊もいるけれど、凄腕のフォーリさえなんとかすれば、私なんて赤子の手を捻るように簡単に殺せる。ここでの犯人は誰か分からないけど、相手はとても賢い。徐々にフォーリと私を消耗させ、疲れ切った所で手を下すつもりなんだと思う。」

 ベリー医師はむずかしい顔で考え込んだ。

「若様。そこまでお考えでしたか。しかし、考えすぎということはありませんか? ここでの敵にニピ族がいるという根拠はありますか?」

「簡単なことだよ。私が山で崖まで連れ去られた時、ニピ族のフォーリを出し抜いたから。狩りの最中だったとはいえ、ちょっとした物音や気配に敏感なニピ族のフォーリを出し抜いた。

 それに、あそこには親衛隊という国王軍の精鋭部隊が一緒にいた。フォーリほどじゃないと言っても、腕に覚えのある人達だ。しかも、ヴァドサ隊長だって前ほどじゃないとは言っても強い。

 フォーリには今の話はしていないけれど、フォーリだって分かってるはずだよ。だから、ベリー先生にはフォーリの側にいて欲しいんだ。」

 ベリー医師は難しい顔のまま、ため息をついた。

「そこまで分かっていらっしゃるなら、今日お出かけなさらなくてもいいでしょう?」

 周りに誰かいないか警戒しながらベリー医師が注意した。当然の判断だ。グイニスはうつむいた。今までだったら従った。本当は、そうした方がいいのかもしれないとも思う。でも、ずっと誰かの言うことばかり聞いているのも嫌だった。

 今日だと決めたのだ。だから、今日する。セリナと一緒にお散歩しながら、敵を誘き出すのだ。村人に犯人がいるなら、セリナと一緒にいることで大きなことはしないはずだ。セリナは美人だし、村で一目置かれているジリナの娘なのだ。ジリナの怒りは買いたくないだろう。

 それに、もっとも大きな不安がある。ジリナ自身が犯人かもしれない、とさえ思っているのだ。もし、ジリナが犯人なら娘のセリナがいるのに、何かしないと思う。親子に血の繋がりはないと聞いていたが、グイニスにはジリナが娘のセリナを大切に厳しく育てているように感じられた。

 本当に冷たいのは無関心で放任されることだ。何を言っても聞いてくれないことだ。グイニスは体験して知っていた。少なくともグイニスはそう思っていた。血の繋がりはなくても、親子になれるんだとグイニスは知って、嬉しくなったのだ。血の繋がりはなくても、家族になれるかもしれないと思ったから。

 だから、そんなジリナが犯人かもしれないと思うのは、とても恐かった。でも、フォーリかセリナかを選ぶなら……。セリナは無関係だと知りたかった。まずはそこからだ。真相を知るのはとても恐い。でも、実行しないと、何も分からなくてフォーリが死んでしまうかもしれない。

 セリナを半分だましているような気がして、とても胸が痛い。でも、セリナとお散歩に行くのは嬉しい。楽しみだ。セリナといるだけで、お喋りが楽しい。気持ちがうきうきする。気の合う友達と一緒にいられると、こんなに楽しいんだと初めて知った。今までのグイニスには友達はいなかったから。

 十歳までに話したことのある貴族の子弟達は、十歳の時に政変が起きてグイニスが幽閉されてしまったため、それ以来、会ったことがない。たぶん、彼らは友達ではないだろう。

 だから、初めての友達と遊びたかった。それは本心だ。セリナといる時間を楽しみたいから、何もなければいいのに。そんなことも思う。そうなれば、犯人が誰か遠くなってしまうが。フォーリの命がかかっているというのに、なぜかセリナといたいと思ってしまう。

 その時、胸の奥がギュンと痛くなった。心臓がぎゅっと痛いような、初めての痛みに戸惑った。

(……何だろう、これ。でも、先生に言ったら、これ幸いとやめなさいって言われるに決まってる。)

 悲しいような不安なような、それでいて、嬉しさも混じっているような、何とも言えない気持ちだ。

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