第52話
ぽん、と肩に手を置かれてグイニスは顔を上げた。ベリー医師が仕方ないなあ、という表情をしている。
「それで、若様。犯人は誰なのか、見当をつけられたのですか? 先ほど、はっきりさせるのは恐いと仰っていましたが。」
グイニスはうつむいた。現実を直視するのはとても恐い。でも、言わなければ前に進めない。
「…犯人は一人ではないと思う。」
グイニスはようやく声を
「でも、一人は……。」
勝手に声が震えてしまう。それでも、思い切って口にした。
「一人しか思い付かないんだ。こんなに用意周到なことをできそうな人、ここに来て、私は一人しか思い付かない。」
ベリー医師をじっと見上げた。信じて
「若様、誰ですか? お聞きした以上、私もお手伝い致します。」
そうだ、とグイニスは覚悟を決めた。ここまで来て引き下がれない。それでも、まだすぐには答えられなかった。もし、セリナが聞いてしまったら、彼女には嫌われてしまうだろう。
「若様、早く答えて下さい。若様が死にかけてから助けるのは、けっこう大変ですからな。今から薬を作る用意をしておきませんと。一応、どんな毒を使ってくるかは予想は立てていますが……。」
ベリー医師らしく、はっきりそんな事を言う。だが、今はかえって気持ちよかった。思わず笑ってしまう。
「…確かにそうだね。ジリナさんだよ。セリナのお母さんだから恐いんだ。でも、ジリナさんくらいしか思い付かなくて……。」
それを聞いたベリー医師はふむ、と
「そうですか。確かに気に入っている女の子のお母さんでは、はっきりさせたいし、はっきりさせるのは恐いですね。」
ベリー医師がそんなことを言いだしたので、グイニスは慌てた。
「な、何を言ってるの、先生。セリナは友達だよ。」
「はあ、友達でしたか。まあ、どちらにせよ、ゆゆしき事態ですな。」
グイニスはベリー医師がそれ以上、突っ込んで聞いて来なかったので安心した。なぜ、自分はこんなに慌てているのだろう、と不思議に思ったが、それ以上のことは分からなかった。
一方でベリー医師は、友達ではないだろうと思ったが追求しないでおいた。今はそんな時間もないし、まだ、恋は何かも分からないのだ。王子という立場上、本当に友達と呼べる友達はいない。
その上、グイニスの場合は十歳の時に政変が起きて幽閉されてしまった。そのため、同じ年頃の子と遊ぶ機会が奪われてしまった。経験がないのだから、恋と友情を勘違いすることもあるだろう。
「私もジリナさんに気をつけましょう。しかし、フォーリは何と言っていましたか?」
「フォーリは親衛隊の中にいないか、疑っている様子だった。」
ベリー医師は頷いた。ベリー医師は何食わぬ顔でいるが、内心ではグイニスの鋭さに少々感心していた。ベリー医師もフォーリも、そしてシークもジリナの一家を疑っているからだ。
なぜなら、ジリナは王宮のしきたりを知りすぎている。親衛隊がどういう立場なのか、若様と呼ばれているグイニスのセルゲス公という立場がどういうものか、知っているのだ。田舎の村で雑用をこなす親衛隊を見て、絶句していたのである。
他にも、セルゲス公ならば本来、このようなことはあり得ませんなど、彼女が王宮のしきたりを、しかも詳しく知っているとしか思えないことが言葉の端々に
しかし、ジリナはグイニスが気に入っている女の子の母親である。そのため、ベリー医師とフォーリとシークの三人は、親衛隊の中に怪しい人物がいると疑っていることにした。そうでなければ、グイニスが勘づいた時に傷つくからだ。
だが、その気遣いは無用だったようだ。自らその壁に向かっている。ここ一年ほどの成長はめざましかった。
ベリー医師は表情を変えずに頷いた。
「分かりました。そうしたら、ヴァドサ隊長やベイル副隊長をはじめ、親衛隊にも今はフォーリを休ませているから、気をつけて護衛してくれと頼まないといけません。私はここで若様が暗殺されそうになった時に備え、止血薬とか解毒薬とか想定される準備をしておきますから。」
「…ベリー先生、何を言ってるの?」
ベリー医師が今度は具体的に言いだしたため、グイニスは多少混乱して聞き返した。仕方なく協力してくれるかなと思っていたら、さっさと想像以上に協力的に薬の用意をし始めたからだ。
「何って、若様が言われたことじゃありませんか。自分が
確かにそうである。だが、ベリー医師がフォーリは何と言っていたか確認した後、突然サササッと行動を開始しているので、何があるのかと疑ってしまうグイニスだった。
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