第45話

 セリナが皿を割った事件から丸一日後。

 毒味役のラオとテルクが毒味兼食事を終えて、片付けをしてフォーリが何か二人に話を始めたすきに、若様がセリナに耳打ちしてきた。こしょこしょと若様の息が首筋に吹きかかり、セリナは背中から首筋にかけて鳥肌が立った。嫌ではないのだが、そんなことをされるとドキドキしてしまう。

「ねえ、明日、お出かけしよう。フォーリは疲れているだろうから寝ててもらおうと思うんだ。」

「そんな、大丈夫なんですか?」

 聞き返しながら、フォーリにされた注意をセリナは思い出していた。『若様が気になさるだろう』と厳しい声で言われたが、まさしくフォーリの懸念けねん通りのことが起きている。

「大丈夫だよ。護衛はヴァドサ隊長達にして貰うから。」

「え、でも……。」

「大丈夫だよ。ヴァドサ隊長も強いんだよ。」

 若様はちらりとフォーリの方を確認してからささやいた。

「ね、じゃ、明日ね。」

 そう言ってセリナの元を離れると、何事もなかったように毒味役のラオとテルクを見送った。二人は若様に対して敬意を払いつつも、どこか弟を見守るような温かな視線を向けている。

「どうした?」

 思わずセリナがその様子を黙って見守っていたため、フォーリに聞かれてどきっとした。

「あ、いえ、何でも……。その、いつも、あの人達、若様に対して王子様のように対応しているから、あ、あの、王子様だから、当然なんだとは思うんですけど、それでも、子供に大人が…その、頭を下げているっていうか、そういう場面って、いつも、不思議だなって思っちゃうので……。すみません、なんか、よく分かんない話で……。」

 フォーリに対して何でありません、ですまないだろうと気づいて話し始めたが、まとまらない話になってしまった。自分でも何を言いたかったのか、よく分からない感じだ。だが、フォーリはセリナ自身が分からなくなった話に対して、見事に返事を返した。

「…あの二人の若様に対する態度は、親衛隊であれば当然のことだと言える。だが、若様に対して刺客が送られ、そのため、護衛を手薄にさせるために、親衛隊を買収しようとする動きがある中で、買収されないでいるのは、隊長のヴァドサのおかげだろう。」

「ヴァドサ隊長が来てくれてから、安心して森から街に出てこれるようになったんだよ。」

 二人を見送った若様が嬉しそうに、にこにこしながら口を挟んだ。若様が笑うと辺りが一気に華やぐ。

 あんまり掃除していない部屋の窓を開けると、射し込んできた日光にほこりが輝きながら舞い上がってきらきらして見えるように、そんな感じで若様の周りにきらきらした物があるように感じるのだ。たとえがあまり綺麗ではないが。

「組織というのは上に立つ長によって、いかようにもなる。今の親衛隊がまともなのは、ヴァドサのおかげだ。」

 あれ、とセリナは内心で首をかしげる。いつも、押し問答をしているような感じだが、今日のフォーリはやたらとシークをめているように感じたのだ。

「それに、お前は……お前だけではないが、今まで権威の前でどうあるべきか、という場面に遭遇そうぐうしたことがないのだから、不思議に感じるのも当然だろう。」

 セリナがすでに忘れていた疑問にまで、フォーリは答えてくれた。

「…そ、そうなんでしょうか。」

「そんなものだろう。こんな所にいれば当然のことだな。」

 なぜか、こんな所と言われたとたん、妙に胸に突き刺さった。いつも、ど田舎だと思っていたはずなのに。リカンナにも出て行った方がいいと言われるほどの田舎で、セリナも出ていくことを考えたことだってあるのに、不思議だった。

(…こんな所……。そうだけどさ。田舎だもん。)

 そもそも、こんなど田舎に若様がいること自体がおかしいのだ。

 セリナはいろいろと片づけながら考えた。お出かけと言っても村を出るわけにはいかないから、その辺の散歩ということになる。それでも、命を狙われているのに実行するのは、勇気があるというか無謀というか。あの狩りの事件の犯人はまだ分かっていないのだ。

 ただ、若様のフォーリを寝かせたいというのは、本当だろう。セリナが余計なことを言ってしまった。しかし、セリナが言った一言でこうも素早く動いてくるのは、若様も前々から思っていたからでは? フォーリは働き過ぎだと。まあ、働いているのはフォーリだけではないが。

 先ほど話題に上がった親衛隊も、まき割りや水くみ、場合によっては汚れてもいい服に着替えて肥え汲みだって行っている。便所の掃除は必要だが、誰もがやりたい仕事ではない。てっきり、村人の誰かを呼びつけてするのだとばかり思っていたが、村人が呼びつけられることはなかった。



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