第41話

 フォーリが生ゴミを出しに外に出たので、その隙に小声でセリナは尋ねた。

「ねえ、疑問なんですけど、フォーリさんって味見をしないのに、どうしておいしく料理を作れるんですか?」

 すると、若様はそんなこと、というような顔をした。

「ああ、それ? 簡単だよ。おいしい料理の作り方も調味料なんかの配合も全部丸暗記しているからだよ。その通りに作っているんだ。」

 こともなげに若様は言った。前からそうなのではないかと思っていたが、実際にそんなことをするのは、かなり大変なことだ。はっきり言って、超人的だと思う。

「やっぱりそうなんですか? 書き付けを見ることもないし、よくそんなことができますね。だって、いろんな料理、全部でしょ? すごいですね。間違っているかもしれないし、味見しないってかなり不安になりますけど。」

 若様は首をかしげた。若様にしてみれば何でも無いことらしい。彼が首をかたむけたので、夕陽色の朱色がかった赤い絹糸のような髪の毛が、細い首筋にたっぷりと流れる。そんな姿も可愛くて、セリナはうっとり見とれそうになった。

「でも、セリナ達だってやってるんじゃないの? だって、おうちでも料理しているんでしょ?」

(おうちって……。)

 若様だから言ってもおかしくないが、村の同じ年頃の少年が言っていたら、とんでもなくおかしい。きっと、爆笑ものだろう。

「そうですけど、けっこう、忘れるものですよ。それで、どれくらい入れるのか、姉や妹と揉めるんです。喧嘩になっちゃたりして。それで、母に聞いたりするんですけどね。」

 若様もセリナの母がジリナだと知っている。

「それで、お母さんは何て言うの?」

「『そんなもん、忘れちまったよ、適当に入れておきな。』って言います。そう言うから、本当に適当に入れて全然違う味になったら、馬鹿じゃないのかって怒られるんです。適当って言っても、味見して似たような味にしろってことですよ。だから、味見なしにいつもぶっつけ本番でおいしい味にできるって、本当に凄いですよ。」

 セリナがいつも感心しているので、つい力を込めて説明してしまうと、若様はふふふ、とおかしそうに笑いながら立ち上がった。そんな忍び笑いするような顔も可愛い。セリナがつい見とれている横で、若様は鍋のふたを開けてゆっくりとかき回し始めた。

 すると、冷気と共にフォーリが戻ってきた。今日は空がどんよりと曇って、とても底冷えする。しんしんと下から冷気が上がってくるのだ。

「若様、外に雪が降っていますよ。」

 フォーリの言葉に若様だけでなくセリナも振り返った。

「ええ、本当に!?」

「そうなんですか…!? 珍しいなー。」

 目を輝かせてそわそわする二人を見て、フォーリがため息をつく。

「見に行ってくれば――。」

 フォーリが最後まで言う前に二人は厨房の外に続く扉を開けた。

「ああ、本当だ、雪が降ってる……!」

「うわぁ、綺麗ですねー。どうして、こんなに白くなるんでしょうね。」

「雨が凍ってるんだって。だから、溶けたら水になる。」

 セリナの何気ない質問に、若様から思っても見ない答えが返ってきた。

「ふうん。不思議ですね。雨が凍るなんて。でも、どうやって雨が凍ってるって分かったんだろう。」

「なんか、同じ日の同じ時間に、一人は山に一人は平地にいて観測したらしいよ。それで、平地では雨でも山では雪になるって分かったんだって。だから、雪は雨が凍ってるって分かったって。」

 随分ずいぶんとご苦労なことである。よくそんな暇人がいたな、と思ったがセリナは別のことを言っておいた。

「へぇー。きっと、山より上の空はもっと寒いってことなんでしょうね。」

「そうだね。山の上も寒かったし、きっとそうなんだよ。」

「へえ、山ってどんな山ですか?」

 セリナは寒さに震えながら、何気なしに聞き返した。

「サリカタ山脈だよ。」

「……さりかたさんみゃく?」

 聞き慣れない山の名前にセリナはオウム返しに聞き返す。

「うん、この国で一番高い山々だよ。山が一つだけじゃなくて、連なっているから山脈って言うんだよ。」

 若様は知っていることを教えられるのが嬉しいのか、心なしか胸を張って答えた。

「高いってどれくらい高い山なんですか? ここら辺の山より高いんですか?」

 えっへん、とどこか誇らしげな若様を見ているのも可愛いなと思いつつ、セリナは想像できなくて次々に聞いてみる。

「ここら辺の山よりずっと高いよ。山のてっぺんは雲の中に隠れてて、頂上付近は真夏でもずっと雪が降っているから、白いまんまなんだ。夏でも山は涼しかったよ。寒い日もあったもん。珍しい植物も生えていて、綺麗な見たことのないお花もたくさんあった。お花畑もあるんだよ。恐い熊とか狼もいたけど。」

 若様は生き生きと山でのことを説明してくれる。やっぱり、この間のかんしゃくは彼らしくなかったな、と実感する。

「へぇ、凄いですね! 想像がつきません、てっぺんが見えない山なんて。」

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