第5章 友達認定

第40話

 崖の若様拉致事件と噂事件の後、セリナはなぜかフォーリにわりと信用されるようになった。若様の食事の手伝いを頼まれるようになり、フォーリや若様と一緒に厨房ちゅうぼうで料理の手伝いをしている。時にリカンナも手伝いに入る。

 若様の調理には気を使うが、食後の皿洗いなども手は抜けない。食器に毒を塗られる可能性もあるというので、食前にも食器を使って布巾で拭くという念の入れようだ。

 かなり細かいことを要求されるが、母のジリナに厳しくされていたので、思ったほど大変ではなかった。今頃になって母に感謝している。血は繋がっていないが、きちんとしつけてくれたのだ。

 それは、一緒にしごかれたリカンナも同じである。リカンナの両親はことあるごとに娘をセリナと遊ばせていた。そのため、セリナと一緒に家事までするはめになっていたのだ。子供の頃は何にも考えていなかったが、今はリカンナの両親は娘に教育をするために、ジリナにお願いしていたのだろう。お金も学校もない手習いしかない地域で賢い選択だと思う。

 実際には、ジリナにしごかれたセリナとリカンナくらいしか、フォーリの要求に答えられる村娘がいなかったのが現状でもあるが、セリナには嬉しいことだった。なんせ、若様と一緒にいられるのだ。

 さらに他の仕事をしなくて良くなった。シルネとエルナからは、会うたびににらまれたり嫌味を言われるが、あれ以来、彼女達は洗濯係に決まり、他の仕事は任されていないらしい。ただ、セリナが主に若様に近い仕事を始めたので、アミナまで最近は冷たくなった。

 なんだかんだ言っても、容姿が良い王子様の若様を狙っているのだ。リカンナ曰く、最近はお近づきになるのは無理だと思うようになり、見て楽しんでいるのだと言っていたが、本当だろうかとセリナは疑っている。だって、目が合っただけで舞い上がっているのだ。

 セリナが一番、話す機会もあって若様のお気に入りらしいので、焼き餅を焼かれている。そもそも若様と直接話をしてお屋敷に来ることになったのは、セリナだけなのだ。しばらくは、ジリナにきつく言われていたセリナが、若様に近づかなかったから、村娘達もそのことを忘れていたが、最近、セリナが主に若様の手伝いをするようになったので思い出したらしい。

 それに、若様だけでなくフォーリもかなり顔がいい。もし、若様がこんなに可愛くなかったら、きっとフォーリをみんな狙っていただろうと思う。

(……ま、分かるけどさ。)

 内心、少しは……いや、かなり鼻は高い。だが、それをしてしまうと、シルネやエルナと同じになるので実行はしない。

 そう、今は信用を失ってはいけないのだ。フォーリの信用を失ったら若様の側にいられない。それが、村娘達のやっかみなんかが原因なんて、目も当てられない。リカンナが若様の厨房は物凄く大変だと言える範囲で実感を込めて言っているので、多少の風当たりは弱くなっている。

 それに、毒味係の女性も亡くなっている。そのことをさりげなく言ってみたところ、言う前よりも表だったやっかみは少なくなった。

 本当は恐いという思いはやっぱりある。毒味係の女性が亡くなったのは、村娘達もセリナもみんな衝撃しょうげきだったのだ。だから、恐くないと言ったら嘘になる。それでも、若様と一緒にいられる時間が増えるのは嬉しかった。

「ねえ、この辺に雪は降らないの?」

 肉を煮込んでいる間、ひまになったので若様が尋ねてきた。セリナはかまどで燃えるたきぎの具合を確認してから振り返った。火の扱いには注意しないといけないので、若様も返事をかしたりはしない。そもそも、若様はそんなことをする子ではなかった。この間、当たり散らしていたことが珍しいくらい、穏やかな少年である。

「そうですね、あんまり降りません。わたしはよく仕組みを知りませんけど、カートン家のお医者さん曰く、温かい海流が側を通るので、雪雲が来ても雨になるんだそうです。物凄く高い山が側にあると雪になるらしいんですけど、物凄く高い山はないですし。まあ、分からないことはカートン家のお医者さんに聞けば分かりますから。」

 すると、若様は目を丸くした。

「病気以外のことなのに、分からないことは何でもカートン家のお医者さんに聞くの? 病気のことなら分かるけど……。」

 その事の方に若様はおどろいて、そっちの方にセリナはびっくりする。

「ええ、そうですよ。この辺の田舎じゃ、一番物知りで賢い人はカートン家のお医者さんですから。大体、お医者さんって言ったらカートン家の事を言いますし。カートン家じゃないお医者さんは、かえって田舎では信用されないんですよ。」

「ふうん、そうなんだ。」

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