第35話
結局、セリナは夕方に若様のところに行った。フォーリに笑われた後『顔が出来てから行け』と許しを貰ったからだ。
母のジリナの態度を思い出して真似をする。廊下の途中にある見事な鏡の前に立って自分の姿を眺め、何事もないような顔を取り繕う練習をしてから向かった。そんな練習をしているとジリナに見つかったが、フォーリに言われたことを伝えると『仕方ないねぇ』とぼやきながら去った。
そんなんで、ようやく若様の部屋にたどり着いたが、何か
今、フォーリは若様の夕飯の料理中でいないらしい。
「ですから、若様、落ち着いてお聞き下さい。そのような話は嘘かもしれません。おそらく事実ではないでしょう。信じてはいけません。」
親衛隊隊長のシークが必死になって、若様を
それが今は、ゆっくりした口調でも緊迫感が漂っているから、何か異常事態が起きているとセリナにも分かった。扉には隙間が開いている。廊下に立って侍っている親衛隊の兵士達が困ったような、しかし、危機感を持った表情で
(……これはどうしよう。引き返した方がいいかな?)
セリナは戻ろうと思ったが、一人の兵士がセリナに目を留めて近づいてきた。
「…お前はセリナだな? 何をしに来た?」
名前は……覚えていない。
「は、はい。えーと、フォーリさんに言われて来たんですけど。」
フォーリという名前を聞いて、眉間を寄せて何か考え込むような表情になった。
「若様のブローチです。フォーリさんにお渡ししようと思ったら、直接、若様にお渡しして欲しいと言われました。」
セリナが話していると、もう一人薄い褐色の肌をした兵士がやってきた。彼は“森の子族”と呼ばれている、昔ながらの生活をして森に住んでいる部族出身だ。
「――そうです。もし、話が本当ならば、まず、フォーリから話があるはずです。それがないということは、その話はおそらく嘘でしょう。」
副隊長の……たしかベイルだったはずだ――の声もした。
「…でも、フォーリは、私に心配させないために、あえて何も言わないのかもしれない。」
若様の声にはいつもの明るさがない。代わりに緊張が走っている。
「まずいな。」
最初の兵士が呟き、もう一人の兵士と何やら手で合図を送り合った。最初、何も知らなかった頃は、変なことをしていると他の村娘達と影で笑っていた。しかし、ジリナから、それは手信号というもので、口で話さなくても意思疎通できるようになっていると聞き、目をしばたたかせて
セリナがびっくりして、そんなに覚えることがあるなんて信じられない、わたしじゃ無理と言うと、ジリナに当たり前だろ、そうでなかったら華の職業にすらならないと呆れられたのである。
とにかく、その手信号で二人は何か話し合っていた。そして、とりあえず二人は
「フォーリの指示なんだろ? なら、とりあえず中に入ってろ。」
「え?」
思わず聞き返したが、しっ、と仕草で黙らせられ、仕方なく質問を飲み込む。
「とにかく中に入ってろ。」
そう言われて背中を押されたため、セリナは部屋の中に静かに入った。なんとなく衝立の影に隠れる。
「部下が余計なことを申し上げました。フォーリは私の部下ではありませんが、決して隠しごとは致しません。」
シークが何か謝罪している。
「でも、もしかしたら、その話は本当かもしれない。叔父上なら、それくらいのことはなさるだろう。姉上が戦死しても隠すことくらいなら。ニピ族も騙せるような裏工作をしているのかもしれない。」
若様の固い声を聞いて、セリナは緊張した。昼間、フォーリと話した若様の姉君のリイカ姫の話だ。戦姫様が戦死したって? 一体、どこからそんな
昨日、セリナは家に帰らなかったので、そんな噂があったとは知らなかった。それに、セリナはジリナから何事か注意された後、フォーリにも同じことで注意されたとみんなから思われていたため、腫れ物を扱うように遠巻きにされていた。だから、セリナも噂を知らなかったのだ。
村娘達が話しているなら、商人がやってきたのだ。いつもより早い気がするが、天候や売り物の都合で変わるから、別段、珍しいことではない。話を聞けないのは少し残念だったが、今日は本当の話を聞いた。
戦姫様が戦死?
(本当なの? どう考えてもおかしい。だって、フォーリさんにそんな素振りはなかったもの。)
若様達姉弟のことで、普段は冷静な態度しか見せないフォーリが怒りを
もし、本当に戦死ししていたら、さすがのフォーリももっと慌てていたはずだ。
(つまり、嘘。嘘よ。でたらめだわ。でも、商人にしてみれば、戦姫様が活躍した方が売れるのよね。なんで、戦死したという噂を流す必要があるんだろう。)
そこまで考えて、だから、兵士がうっかり若様に
「仮にそうだったとしても、まずはフォーリに確認するべきです。」
いつもは何かしらフォーリと
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