第25話

 フォーリはグイニスが何者かに連れ去られた可能性を考えた。だから、すぐに獣道を探した。ほとんどの道も獣身も、この数日間の狩りで山に入ったので把握しているが、まだ、把握していないものもあるだろう。犯人が利用するなら、その獣道を利用するはずだと考えたのだ。

 獣道を歩いているうちに、人が通った痕跡こんせきを見つけた。落ち葉がめくれた地面についた足跡だ。獣ではない。明らかに人間だ。人間以外に二足歩行する動物がいるなら別だが、熊が時々二足歩行するか、猿が時々二足歩行するかくらいである。いずれにしても爪の跡付くが、この足跡にはない。靴だ。

 フォーリが足跡は人だと確信した時、獣のように研ぎ澄まされた五感が、何かいる気配を感じ取った。そして、向こうも気づかれた感じたのか、ガサッと音が鳴るのも構わず走り出した。

 フォーリはマントを投げ捨てて後を追う。簡単に取れるようにフォーリのマントはピンで留めないようになっている。マントは手入れされた山林を歩いている上では大して邪魔にならないが、獣道を走る時にはやぶや枝に引っかかって邪魔になる。フォーリの後を付いてきていた兵士二人が慌てて道を譲り、マントを拾っているのを視界の端で確認した。

 相手は道に慣れている。険しい獣道を迷いもせずに走る。フォーリも後を追う。ニピ族は道なき道も走れると勘違いしている人も多いが、実際はそうではない。人が普通は通らない、もしくは通れない道や獣道でも、普通の道のように走れるのがニピ族だ。山や森で道なき道は藪しかない。藪に突っ込んだって身動きができなくなっておしまいである。

 相手は狭い大岩の間を入っていく。登って先回りは出来そうにないので、迷わずフォーリも後に続いた。狭い道で相手の進む速度が落ちた。だが、それはフォーリも同じだ。岩に手をかけ身をよじる。体が柔軟でなければできない芸当だ。

 とうとうフォーリの目は逃げる人影を明確に捉えた。ひょい、と最後の大岩を超えていく。フォーリも切り立った岩に手をかけた。特殊な革手袋をしているので、手を怪我しなくて済む。ただ、細かい作業がやりにくいので、指先だけ切って指ぬきにしてあった。

 この手袋をしていると、任務によってはニピ族と正体が分かってしまうので使わない人もいるが、フォーリはニピ族と知られているので堂々と手袋をつけている。

 狭い大岩の間を抜けてフォーリは辺りを見回した。さっきの人影は逃げてしまい、どこに行ったか分からない。そのこと事態は悔しいが追いかけた意味はあった。

 村に通じる道に出たのだ。辺りにさっきの人がいないか、確認してから道に下りる。村の道からさっきの獣道があるとは到底分からない。おそらく、奥の村人は知らないだろうとフォーリは見当をつけた。

 振り返り、フォーリはある場所に目がいった。ちょうど、木々の枝がない所があり、そこに崖があるのが見えた。その崖に何かがぶら下がっている。フォーリは目をらし、それが人であることに気がついた。

(! 若様!)

 ちょうど西日が射して頭に光りが当たっている。それが眩い朱色がかった赤い髪だった。

 フォーリは頭の中で最短の道順を組み立てて走り出した。


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