第22話

「…ナ! セリナ! 大変、待ってて、今、人を呼んでくるから!」

 上からリカンナの大慌てで叫ぶ声が聞こえた。セリナが返事をする前に、ガサガサと落ち葉を踏み分けて小走りで走って行ってしまったようだ。

 セリナは人が助けに来てくれるという安心感で、ほっと息をついてから、恐る恐る辺りを眺めた。セリナのいる場所は少し平らになっている。背中を地面につけて、寝そべっている状態だ。ゆっくり体を起こした。

 どこも怪我をしていないようだ。もし、落ち葉溜まりに落ちていなかったらと考えるとぞっとする。何年間も人が立ち入っていないので、落ち葉が相当深く積もっていたのだろう。

(こんな所があったんだ。)

 セリナは純粋におどろいた。下から登って来られたらの話だが、獣道が続いていて小さな洞窟どうくつがあり、隠れ家に丁度良さそうだ。

 この辺の地面はしっかりしていて腐葉土ではなく、あんまり斜面でもないので立って歩くことができる。少しのぞいてみたが、洞窟といっても大きな穴ぐらいで開けているため、動物は住んでいないようだ。隠れるには開けすぎている。

 左後ろ側の安全を確かめた所で、右側を確認しようと歩き始めた。

「ねえ、誰かいるの?」

 突然、少し下から声がしてセリナは飛び上がった。心臓が太鼓のように鳴り響いている。慌てて辺りを見回す。

「誰か、いる?」

 更なる呼びかけに、今度は場所がはっきり分かった。そして、声の正体にも思い当たる。急いでって獣道の端っこの崖っぷちににじり寄り、身を乗り出し下を確認した。服が汚れるが立って覗くには足場が悪かった。

 きっと、若様に違いないと気持ちがはやる。

「! 若様!」

 思わず生きていたことにほっとして、大声を出した。姿を確認できて、安心してしまう。

「良かった、ご無事で…!」

 言いながら、セリナは若様の状況が決して大丈夫ではないことに気がついた。マントが木の枝に絡みついたので、滑落しないですんでいる。マントが裂けたら落ちてしまうため、両腕を伸ばして枝に捕まり、両足を崖の斜面に突っ張って落ちないようにしている。

 若様がいないと気がついてから、かなりの時間が経っていた。若様は必死に腕を伸ばし、何度も枝を握り直すが、そのたびに木の枝が心許なく揺れる。あまり持たない。時間がない。ただ、一つだけいいことに気がついた。手を伸ばせば届く距離だ、ということだ。

 ただ、セリナが腕を伸ばして助けるというのは、勇気がいった。人の手に触れたり、体に触ったりすると相手の気持ちや考え、過去に体験したことなどが見えたり、聞こえたりするのだ。そこまで考えて、セリナは若様が村にやって来る直前に見た夢を思い出した。

(そうだ! この状況、あの時と同じだ!)

 でも、若様に手を伸ばして手を触れば、一気に彼の経験などを体験したりしてしまうだろう。耐えられるだろうか。足を踏ん張れるだろうか。予知夢では若様の体験していることは、決して良い気分ではなかった。むしろ、とても恐かった気がする。

 その時、風が吹き出した。ざわざわと木の枝が鳴る音でセリナは、はっとした。若様は何も言わずに黙って耐えているが、そっと様子を見ると必死に捕まっている。風が揺れるたびに枝も揺れるのだ。

(馬鹿ね、わたしは! 恐いとか言ってる場合じゃないでしょ! 助けなきゃ! 若様が落ちて死んじゃう!)

 セリナは自分を心の中で叱咤しったすると、思い切って腕を伸ばした。

「若様…!」

 セリナは叫んだ。

「わたしが引っ張り上げます。さあ、手をこっちに!」

「…待って、無理だと思う。君も落ちちゃうかも。」

 若様は危険な状態のくせに、冷静に返した。でも、リカンナが呼んでくる助けが来るまでに、若様が持つかどうか分からないのだ。枝は風が吹いて揺れるたびにギシギシ音を立てる。いつ、折れるか分からない。折れたら若様が落ちてしまう。そんなの見たくない。

「大丈夫! こう見えても力持ちなんですよ。」

 セリナが自信ありげに言うと、若様は少し考えてうなずいた。

「分かった。じゃあ、少しずつ根元ににじり寄って、できるだけ君に近づいてからそうするよ。」

「分かりました。でも、気をつけて。」

 セリナはドキドキしながら見守った。若様は少しずつ根元の方に近づき、体をセリナに近くなるように寄ってきた。だが、問題があった。マントが枝に絡んでいるため、一定以上の距離に近づけないのだ。若様はマントを止めているブローチを外そうとしたが、片手では上手くできない。

 そんなことをしているのを見守っているセリナは、ハラハラし通しだった。若様は結局諦めて、仕方なくそのままセリナに腕を伸ばした。

「どうするんですか?」

「足の方から先に上がろうと思って。体を崖の上に上げてしまってから、マントを外すよ。」

 こんな時に何だが、どれだけおっとりしていても男の子なんだなとセリナは思う。意外に若様は活動的な子なのかもしれない。セリナにはない、けっこう大胆な考えだ。

「分かりました。」

 他に良い考えもないのでセリナはそう答え、腹這いから立ち上がると、気をつけながら腕を伸ばした。しゃがんだ状態で足を踏ん張る。

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