第20話

「全員、整列…!」

 親衛隊の隊長であるヴァドサ・シークが兵士達の点呼を取り始めた。この場にいない者が一緒にいるかもしれないからだ。だが、全員、揃っている。

 今までに見たことがないほど、フォーリの顔色が変わった。それを見たシークと兵士達の顔色も変わる。そんなに緊張することなのか、とセリナとリカンナが思うほど、兵士達にも緊張が走って顔も強ばっていた。

「何てことだ! 私としたことが!」

 フォーリが文字通り頭を抱えて叫んだ。次の瞬間しゅんかん、走り出そうとする。

「待て、落ち着くんだ。手分けして探そう。」

 隊長のシークがフォーリをなだめ、セリナとリカンナに気がついて二人を手招く。一瞬、ぽかんと眺めていた二人だったが、慌ててやたら緊張感の高まっている空気の中、走り寄った。

「は、はい。」

 知らず声が裏返ってしまう。

「二人は若様を見なかったか?」

「いいえ、わたし達のいる方にはいらっしゃいません。誰も後ろには戻ってきませんでした。」

 セリナの説明に、フォーリがくっと息を吐いて拳を握った。

「もう、待ってられん! 私は行く。若様ー、若様ー!」

 言うなり、フォーリは身をひるがえして辺りを探し回り始めた。

「……い、いいんですか、一人で行っちゃいますよ?」

 フォーリの目は血走っており、どこか危うさを感じさせるものだったので思わずセリナは口走った。セリナに言われなくても、シークはすでに二人にフォーリを追わせていた。

あるじがいないニピ族を誰も止めることはできない。付いて行っても見失うだけだろうが、手がかりは見つかるかもしれない。」

 変な言葉をシークはつぶやいた。ニピ族というのは、母のジリナから聞いていたが、怒らせると恐いという話だった。もしかして、若様がいなくなったので怒っているのだろうか。

「あの、あたし達も手伝います。」

 セリナがそんなことを考えている間にリカンナが申し出ると、シークは、いや、と断ろうとした。だが、今は一刻を争うのだ。一人でも捜す人が多い方がいいだろうし、何より若様のことを放っておけなかった。毒味係の女性が死んだ時の泣いている姿は忘れられない。それに昨日は、あんなに優しくセリナの髪の泥を拭ってくれた。

「わたし達、この辺には詳しいです…!」

 セリナは勢い込んで口を開いた。

「しょっちゅう入ってますから。ここを基点にみなさんが行かない方に行きます。」

 リカンナでさえも、ちょっとおどろいて身を引いていたので、セリナは少し勢いを落として説明した。

 セリナの説明にシークは少し考えた末、うなずいた。そして、比較的斜面がゆるやかな方を探すように指示した。

「いらっしゃったら、すぐに大声で知らせてくれ。」

「! あ、じゃあ、この呼び鈴をがんがん鳴らします。」

 家の箪笥たんすの中に、なぜかあった呼び鈴をセリナは持ってきていた。おそらく、母のジリナが領主の侍女をしていた時代の物だろうとセリナは思っていた。

「あんた、心配性が役に立つわね。」

 一瞬、目を鋭くしたシークだったがリカンナの発言に表情を和らげた。

「分かった、頼んだぞ。」

「は、はい……!」

 まともに親衛隊の兵士達、それも、隊長のシークと話したこともなかったので、セリナとリカンナは緊張しながら頷いた。何かきびしく言われることもなかったので、かなりほっとしていた。ジリナの方がよっぽど恐いとセリナは思った。

 二人はシークに言われた通りの箇所を大声を出して呼びながら若様を探して歩いた。最初のうちは気楽なものだった。そこまで深刻に考えていなくて、「ちょっと、道に迷っちゃって。」と言いながら、へへ、と照れ笑いしている若様が出て来るような気がしていた。

「きっと、大丈夫よね。」

「…そうよ。そのうち、見つかるわよ。あのちょっとの時間で、そう遠くに行けるわけないんだし。」

 そんなことをセリナとリカンナはお互いに言い合いながら歩いていたのだが、だんだん心配になってきた。大体、若様は山歩きに慣れていた。何日も同じ山道を歩いていて、おおよそ道も分かってきているはずだ。確かに山道での油断は禁物だ。それでも、知っているかいないかでは大きく違う。

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