第17話

「あんた達、何やってんだい!」

 ジリナの怒声がひびいた。一瞬にして、辺りは静まりかえる。

「騒いでいるって言うから見に来てみれば!」

 セリナとリカンナは雷が落ちるのを覚悟して首を縮めた。

「エルナ、さっさとたらいから出な! あんた、一体、誰の服を踏みつけにしたと思ってんだい! え? 答えてみな!」

 ジリナの剣幕にエルナは大慌てで盥から出た。

「あんた達、勘違いしてんじゃないだろうね…! この兵士の服はただの兵士の服じゃないんだよ! 分かるかい? ご領主様に仕えている兵士の服とは訳が違うんだよ! あんた達、ご領主様の兵士の服を踏みつけにするか! しないだろうよ!」

 ジリナは村娘達を一人一人眺め回した。今は全員、ジリナの登場に黙って立っていた。さすがのシルネも今は黙っている。

「あの兵士達はね、国王軍の兵士だよ。分かるかい? 国王軍は、国王様の直接の命令で動く軍隊だよ。しかも、親衛隊だよ…! このサリカタ王国で一番の軍隊なんだよ、分かってるかい? ご領主様の兵士より格が上なんだよ!

 それに、国王軍は身分に関係ない実力主義の世界だ。普通の兵士の中にも、家に帰れば、お坊ちゃまをしてる連中もたくさんいる! あんた達より身分も立場も、上の方々の服なんだよ…!」

 セリナはジリナの言葉を聞いて、母が一部始終を見ていたのだろうと察した。シルネとエルナが兵士達について、『どうせ、農家の息子でしょ。』などと言っていた辺りからは、話を聞いていたのだと分かる。

 ジリナに思い込みを正されて、村娘達は全員、青ざめた。

「たかが農家の田舎の娘が、見下していいとでも思ってんのかい? たとえ、お坊ちゃまでなくとも、人の服を踏みつけにしていいとでも思ってんのかい! 信用されて洗濯を任されているんだよ! 本当に馬鹿な娘達だよ、あんた達は!

 それと、あの兵士達は国王軍の中でも精鋭中の精鋭なんだからね…! 特別な訓練を受けてる連中さ。その気になれば、あんた達なんかあっという間に殺される。」

 ようやく、ジリナは一息ついた。

「それと、シルネ、エルナ、あんた達とその組は、わたしが良いと言うまで、ずっと洗濯当番だよ。みんなに恨まれるんだね。手を抜くんじゃないよ。今度、馬鹿なことをしたら、みんなの見ている前で尻をいてひっぱたくからね。」

 シルネはむくれて頬を膨らませている。彼女は村の中でも村長をしている裕福な家庭で、我がままに育っていた。その上、周りの村民も村長の娘だからと特別扱いしてきたので、女王のように振る舞っている。ただし、ジリナは別だが。

「でも、ジリナおばさん、ずるいわよ! セリナが娘だからって、えこひいきしてんでしょ! あたし、知ってんだから! 今度から泊まりで仕事ができるようになるって。その組み合わせはほとんど、セリナ達じゃない! えこひいきなんて、ずるいわ!」

 セリナにしてみれば『何、寝とぼけたこと言ってんのよ! 母さんがそんなことするわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!』と叫びたかったが、恐い母ジリナがいるので、ぐっと我慢した。それに、今はシルネがジリナにこてんぱんに言われることは分かりきっている。

「…ほう、耳が早いね、あんた。今はどうやって知ったか、聞かないでおいてやろう。だけど、その人員はわたしが決めたんじゃないよ。私は雇われたあんた達の管理を任されているだけで、誰を雇うか雇わないかは、あの護衛のフォーリ殿の采配によるんだよ。

 選ばれなかったのは、あんた達がフォーリ殿の試験に落ちて合格しなかったからだよ。」

「……試験って何よ。」

 試験という単語を聞いて、シルネの言葉の勢いがたちどころに弱くなる。

「全員、受けた覚えがあるはずだよ。若様の部屋を掃除して、洗濯物を畳むようにとね。」

 セリナとリカンナはお互いにちらっと視線を見合わせた。二人ともこっそり胸をなで下ろす。

「どうして不合格だったかは、わたしは全部聞いている。

 そうだね、不合格になったのは、掃除をしなかった、若様の布団に寝そべってごろごろ遊んだ、鏡の前に座り込み触って手垢をつけた、若様の下着に頬ずりした、勝手に箪笥たんすやら引き出しやらを開けて物色し、自分の髪で編んで作った物を潜ませた、高価な椅子を踏み台にして椅子のバネを壊した、インクつぼをひっくり返した、こんな所だね。」

 やった覚えのある者達は真っ青になり、無事に仕事だけやった者達は、そんなことをしたのかとおどろきつつ、どこかで見張られていたのだと知ってぞっとした。

「ちなみに、あの部屋は若様の部屋ではなけいけどね。」

 最後に痛烈な一言がジリナから発せられた。つまり、誰か他の人の部屋か空き部屋で試験が行われたということだ。みんな本気で若様の部屋だと思っていたので、ちょっとがっかりしていた。

「これでも、まだ文句があるのかい?」

 ジリナは娘達を眺め回す。

「ないなら、シルネ、エルナ、あんた達はすぐに洗濯に取りかかるんだよ。それから、アミナ、あんたはシルネとエルナの組を呼んできて、すぐさま洗濯係を交代。わたしが百数えるまでに来なかったら、兵士達の前で尻を剥いてぶつと言いな。」

 慌ててアミナが走って行くが、その横顔は少しすっきりした表情だった。

「それから、セリナとリカンナ。あんた達、このざまはなんだい。わたしの面子を潰す気かい!」

 最後に二人はげんこつで叩かれた。シルネが鼻で笑い、ジリナは振り返る。

「あんた達は人を笑ってる場合じゃないよ! ほら、とっととやりな!」

 ジリナはシルネとエルナにもげんこつを見舞ってから、村娘達を働かせた。

「それと、セリナ、リカンナ、あんた達はもう家に帰んな! お屋敷の中を汚すだけだろうからね。ああ、そうだ、明日はあんた達が若様達について行って、森に狩りと釣りのお供をするんだよ! 動きやすい服で来るんだよ!」

 帰んな、と言った時点で小走りで去って行く二人に、最後は大声でジリナは叫んだ。


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