第2章 セリナといじめっ子達

第16話

 このお屋敷ではいくつかの決まりごとが存在する。

 一つ、大きな物音を立てたり、大きな音を立てて扉を閉めない。また、足音もできるだけたてないようにする。

 一つ、若様は王子様だと分かっていても、決して王子様とか、殿下と呼んではならない。必ず若様と呼ぶこと。

 一つ、若様の部屋に勝手に入らない。

 一つ、若様専用の厨房に勝手に入らない。

 一つ、若様の衣服、及びフォーリの衣服を勝手に洗濯しない。決まった人間以外、決して触ってはならない。

 一つ、若様に気安く声をかけてはならない。また、若様に色目を使ってはならない。もし、使ったらフォーリに殺されると思え。

 一つ、親衛隊の兵士達と気安く会話してはならない。肉体関係になるなど、もってのほかである。クビは確定。もちろん、護衛のフォーリを誘惑するなどあり得ない。死にたいなら別だが。

 一つ、夜は必ず家に帰ること。仕事が残っていてもである。だから、洗濯物など、途中で終わったら良くない仕事は、そうならないように考えて行うこと。

「…なんで、夜には必ず帰らないといけないのかな?」

 リカンナが洗濯物をごしごし、洗濯板で洗いながら疑問を口にした。

「さあ。」

「みんな言ってるよ。泊まりだったら楽なのにって。」

「分かんないけど、とりあえず早くしようよ。今日は洗濯物が多いし。」

 先日から、若様とフォーリは自分達の食料を賄うため、近くの山林に狩りに行ったり、釣りに行ったりしている。それに伴い兵士も一緒に行動するため、衣服の汚れが多くなった。そして、洗濯物が増えているのだ。

「そうだね。」

 毎日がそんな感じで進む。今日はとりわけ多かった。昨日の担当の人が洗いきれなかったのだ。その分、増えている。洗えないと兵士達の着る服がなくなってしまう。洗濯組の十人は、必死になって次の日に持ち越さないよう、洗濯に精を出していた。

「あんた達、精が出るわねぇ。」

 昨日、洗わなかった十人の内の一人、シルネとエルナがやってきて嫌味に言った。シルネは村長の娘で、エルナは従妹である。二人ともセリナが拾われ子なので馬鹿にしている。以前から嫌味な娘達だ。

 それにも増して、ジリナが信頼されているといおうので、セリナは余計に他の村娘達からの嫌がらせが増えていた。ジリナに仕返しなどできやしないので、娘のセリナに当てつけるしかできないのだ。

「…あんた達、わざと洗わなかったでしょ。」

 セリナ達と組になっている一人のアミナがにらみつけた。シルネとエルナは今のところ、真面目に仕事をこなしていた。村長の家の娘達が働けないのは恥だと言われているのだろう。

「なによ、そんなことないわよ。途中で洗えなかったら、まずいじゃないの。だからよ。あたし達のせいにしないでよねー。」

 シルネが高笑いをする。

「ほんっと、セリナのせいよ。セリナといるから、迷惑かかってんのよ。セリナと組になっていることを恨みなさいよ。」

 エルナがアミナに言いながら、手に持っていた汚れた桶の水を仕上がりのすすぎ用の水が入ったたらいに入れた。リカンナが急いで桶を払い避ける。それが、運悪くシルネの顔に当たった。

「いったあ! 何すんのよ、あんた!」

 シルネがリカンナを突き飛ばした。ばっっしゃあん! と派手な音を立てて、リカンナが盥の中に尻餅をついた。

「そっちこそ、何すんのよ!」

 リカンナが怒鳴り返す。だが、元々パルゼ王国で先祖が地主か何かの子孫のシルネは、他の村民を見下しているので鼻先で笑っただけだった。

「ふん。あーあ、仕事が増えちゃった。」

「あんた達、いいかげんにしなさいよ!」

 頭にきたセリナが怒鳴ると、二人は忍び笑いした。

「何よー、怒鳴っちゃって。あんたみたいな村の外れ者が、あたし達に発言する権利なんてないんだよ! 拾われっ子のくせに!」

「何が言いたいのよ!」

 シルネが権利などとややこしいことを言いだしたので、セリナは少し警戒けいかいしながら睨み返した。

 シルネはさげすむような笑みを浮かべる。こういう笑みを浮かべているシルネは、どんな嫌がらせを考えているか分からない。

「あんたさ、みんなのことも考えなよ。」

 シルネはにやにやと笑い続ける。

「あんたが、全部一人でやるって言ったら、嫌がらせをやめてもいいわよ。」

「あんた、何、勝手に決めてんのよ!」

 盥から出たリカンナが怒鳴りつけた。

「一人でやれって!? 無理に決まってんじゃない!」

 今までセリナに対する嫌がらせを、ことごとく成功させてきたシルネの言葉なので、リカンナが血相を変えて叫んだ。 

「適当にすればいいのよ。馬鹿じゃないの。どうせ、赤の他人の服を洗ってんだし?」

 エルナが馬鹿にしきった口調で言う。

「そうよ。親衛隊だか何だか知らないけど、どうせ、どっかの農家の子供なんでしょ。先祖が地主のあたし達より下なんだから。適当に洗ってたって、ばれないわよ。真面目に仕事するなんて、馬鹿のすることよ。手もあかぎれするだけだし。」

 シルネがふん、と鼻をやや上に向けて偉そうに胸を張る。

「仕事に手を抜けるわけないでしょ!」

 ジリナが見張っているのに、手を抜こうと考えているシルネとエルナに呆れて、リカンナがびっくりして大声を出す。

 そんなリカンナを見下して、シルネがふんと鼻先で笑った。

「そんなこと知らないわよ。もし、あんたが手伝ったりしたら、どうなるって思う? 若様の厨房に入って、物を物色してたって言いつけてやる。」

 一瞬、みんな考えが追いつかなかった。どうやったら、そんなに意地悪を思い付くのかというほど、人をいじめることにかけては天才的なシルネだ。

「ちょっと、あんた…。」

 リカンナが言うより早くセリナは、シルネのほおを叩いた。さらに突き飛ばし、水浸しの地面に倒れた所を押さえつけて、エプロンを奪う。それでびしょ濡れになったリカンナの服を拭いた。

 セリナが下を向いてリカンナの服を拭いている間に、エルナが桶を持ち上げた。

「危ない…!」

 アミナとリカンナの声が重なった。セリナの頭の上から、掃除して汚れた水が降り注いだ。さらに立ち上がったシルネが、泥の付いた手をセリナの頭にこすりつける。みんなが呆然としている間に、エルナが洗濯中の盥に靴ごと入って洗濯物を踏みつけた。水が多ければ靴がびしょ濡れになるので入らなかっただろうが、そこまで水が入ってなかったのが災いした。

「ちょっと、やめなさいよ!!」

 セリナとリカンナ、アミナだけでなく、他の村娘達も含めて、みんなが頭にきて叫んだ。

「あんた達にはできないでしょうが……!」

 シルネとエルナの高笑いがひびく。

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