第15話
カチャッとその時、音がした。
毒味役に選ばれた兵士の内、一人が
「…確かに。若様の仰る通りです。旨い。おいしいです。」
食事を口に運び続ける同僚を見ていたもう一人の兵士も、覚悟を決めたように一度目を
「旨い。想像よりずっと。」
フォーリの肩の向こうから、それを見ていた若様の両目が潤んだ。堪えきれずに涙が頬を流れ、フォーリの服に染みこんでいる。
そして、兵士二人は完食した。しんみりした空気を吹き飛ばそうとするかのように、兵士二人は笑顔を見せる。
「若様の仰る通り、旨かったです。」
「本当にお世辞でなく旨かったです。実を言うと、フォーリの料理はもっと下手だと思っていました。」
セリナが思っていたことを代弁してくれている。すると、泣いていた若様がふふっと笑って、涙を拭いた。泣き顔が笑顔になった途端、辺りが華やぐようにぱあっと輝いた様な気がした。
「そんなことを言ったら、フォーリに怒られるよ。」
黙っているフォーリの腕から抜けだし、若様は二人の兵士の元に駆け寄った。
「二人とも、ありがとう。……それから、ごめんね、名前はなんていうの?」
聞かれた兵士二人は姿勢を正して立ち上がる。それだけで、思わずセリナとリカンナは雰囲気に飲まれそうになった。兵士二人は礼儀をただして名乗る。
「私はラオ・ヒルメと申します。」
「私はテルク・ドンカと申します。」
若様は二人の顔を覚えるようにじっと見上げて微笑んだ。
「ラオ・ヒルメとテルク・ドンカだね。覚えておくよ。」
「感謝申し上げます。」
ラオとテルクの二人はフォーリの監視の下、食器を洗うまで行ってから厨房を出て行く。セリナとリカンナもこの時とばかりに後に続いて厨房を出た。
「ようやく、私達も食べられるね。」
出て行く時に、そんな若様のわざと明るく言っている声が聞こえてきて、痛々しかった。
その日の夕方、料理係だった女性が結局亡くなった。板戸に乗せられた彼女の痛いには、布がかけられている。
雇われた村娘達も兵士達も、屋敷の玄関に大勢が集まった。若様もフォーリもいた。
「全員整列。」
兵士達の隊長らしき人が号令をかけた。
「黙祷。」
護衛の兵士達が一斉に揃った動きで胸に手を当てて敬礼し、板戸に乗せられている女性に黙祷を捧げた。あまりに整って洗練された動きに村娘達は圧倒されていたが、慌てて何人かが共に黙祷を捧げ、セリナやリカンナも続いて黙祷をした。もちろん、若様もフォーリも黙祷を捧げていた。
黙祷が終わると若様が遺体に近づいた。
「若様、なりません。」
フォーリの制止に一瞬、泊まった若様だったが、それを聞かずに遺体の顔の布をめくった。
「!」
若様が息を呑んだ。セリナとリカンナものぞき見て、見るのではなかったと後悔した。彼女の顔色はどす黒く、
固まってしまった若様に代わり、フォーリが布をかけ直した。そこへ花を摘んだジリナがやってきた。手向けようとしたジリナに若様が手を伸ばす。ジリナが黙って花を数本分けて渡すと、若様は真っ青な顔のまま花を彼女の胸の上に手向けた。兵士達が遺体を運んでいく。
若様は遺体が運ばれてから、拳を口元に当てて唾を飲んで耐えている。吐き気を堪えているのだろう。
気がついたセリナは急いで外に出ると、庭から小さな蜜柑をもぎ取り、皮を少し
「これを。気分が良くなりますよ。」
セリナは若様の手に触れないよう気をつけながら、そっと若様に蜜柑を差し出した。うかつに触ってしまい、何か見えたら困る。若様は差し出された蜜柑をおずおずと受け取って、匂いを
「…本当だ。ありがとう。」
若様が青い顔のまま礼を言った。そのまま部屋に引き上げていく。それを合図に兵士達も雇われた村娘達も、それぞれ仕事に戻っていった。
「セリナ。さっきの蜜柑、勝手に庭から取っただろ。今度からは、あのフォーリ殿に大目玉を食らうよ。借り物だから何一つ、勝手に取っちゃだめなんだよ。」
誰もいなくなってから、ジリナがセリナに注意した。
「え、そうなの?」
知っていたが、ばつが悪いのでとりあえず、びっくりした様子を取り繕っておく。
「
ジリナはいつものように言って、さっさと仕事に戻っていく。残されたセリナとリカンナも兵士達の洗濯物を取り込みに裏庭に向かった。
さっきまで夕方の若様の髪の色のような光の空だったのに、今は寂しげに青色がかかった灰色の色合いになっていた。
この日は余計に寂しい感じがしたのだった。
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