第14話

 二人が戻るとフォーリが沈黙したまま、じっと見てきた。

「……早かったな。」

「ちゃんと掃除はしましたし、洗濯物も畳みました。」

 セリナが答えるとフォーリはうなずいた。そして、今度こそ本当に食事の手伝いを命じた。若様はセリナとリカンナが掃除に行っている間に、フォーリに何か注意されたのか、話しかけてくることはなく淡々と調理が進んでいく。その甲斐あってか予定より早めに食事ができあがった。ちょうどジリナも乾いた布巾を持ってやってきた。

「これを兵士たちに引いて貰うよう副隊長に言って、二人をここに連れてきてくれ。」

 フォーリはいくつかの棒を差し出した。

「これはくじですか?」

 ジリナの質問にフォーリが頷く。何のくじなのか見当もつかなかったセリナとリカンナだったが、ジリナは何か分かったように頷き返して戻っていく。ジリナが出て行った後、フォーリは出来上がった料理から、二人分を取り分けた。やがて、二人の兵士がいぶかしみながらやってきた。

 律儀に挨拶をして入ってきた。律儀に若様にも頭を下げる。大人の男の人が、まだ少年に向かって頭を下げているのを見れば、若様は王子様なんだなと思う。

 食卓テーブルの上には出来たての料理が並んでいる。見た目には大変おいしそうだ。セリナはフォーリの料理の腕を疑っていたが、彼の料理は“見た目だけ”はおいしそうで上手だった。なぜ“見た目だけ”なのかといえば、彼は一度も味見をしなかったし、二人にも味見をさせなかったのだ。

 その理由はセリナとリカンナにも想像がついた。そして、嫌な予感がしたらしく、厨房に入って挨拶をした所で、それ以上入ってこようとしない二人の兵士をフォーリは呼んだ。

「この料理を食べて貰う。」

 二人の兵士は一瞬、引いてから顔を見合わせた。朝から若様の料理担当の女性が倒れたのだ。つまり、これは毒味をしろということであり、もしかしたら死ぬかもしれない。

「こ、これを食え……食べろと?」

 二人の顔は青ざめた。

「大丈夫だよ、たぶん。それに何も入ってないなら食べた方がいいよ。」

 若様が困ったように言葉を紡ぐ。

「フォーリの料理はおいしいよ。」

 そんなことを言う若様の隣で、洋卓テーブルの上に視線を落としたフォーリは、何かに気がついて眉根を寄せた。

「若様、めましたね。先ほど、ここに垂れていた煮物の汁を。」

 みんな本当は若様が王子であると知っているため、若様のとった行動に目を丸くする。舐めるとは思っていなかった。

「若様、いけません。まだ、毒味が住んでいないのです。」

 フォーリの注意は、はしたないではなかった。

「でも、フォーリ。フォーリと私が作ったんだから、大丈夫だよ。野菜類だって畑から直接抜いてきてくれたものだ。鶏だって元気そうな子をつぶした。」

 若様は視線をうつむかせた。

「若様、お気持ちは分かりますが……。」

「だって、誰かが私のせいで死ぬのは、もうたくさんだ! 叔父上も叔母上も私が生きるのを望まないなら、いっそ…!」

「若様!」

 今までに聞いたことがないほど、フォーリが厳しい声を出した。フォーリが若様の前に片膝をついてしっかりと肩に手を置き、うつむいている若様の顔の下から視線を合わせた。

「若様、私の役目は若様のお命をお守りすることです。どんなことがあってもお守り致します。」

 若様はうつむいたまま拳をぎゅっと握る。

「……フォーリ。胸が痛いよ。胸が苦しい。」

 フォーリが若様の震える声にはっとする。今にも泣き出してしまいそうな声にセリナも胸が痛くなった。

「私は……生きていていいのかな。誰も悲しまないよ、きっと。」

 若様の心細そうに震えた小さな声に、セリナは衝撃しょうげきを受けた。

 セリナは今まで生きてきて、一度も生きていていいのだろうかと考えたことはなかった。セリナの受けた衝撃はリカンナも、そして二人の兵士も同様だった。先ほどとは違う緊張した面持ちで若様とフォーリの様子を見守っている。

「若様がお亡くなりになれば、リイカ様と王太子殿下がお悲しみになります。私も悲しみます。そして、若様が死ねば私も死にます。ご存じの通り、ニピ族はあるじを亡くせば生きていけません。生まれつき、生きていてはいけない人などこの世にはいないのです。

 もし、若様が生きていけず死ぬと仰るなら、私も一緒に死にましょう。どこまでも、決してお一人にはしませんから。」

 フォーリはそう断言すると若様をしっかり抱きしめて、背中を優しくさすった。若様は彼の肩に顔をうずめて震えている。若様は平気なふりをしていただけだった。本当はとても怖がっている。

 フォーリはそれを知っている。自分も死ぬと言っている。そんな覚悟を持った人を見るのは初めてだった。

「フォーリ、ありがとう。」

 若様の声は泣いている様に聞こえた。セリナは知らず、自分の胸に拳を握って当てていた。片方の手は服を握りしめている。セリナも胸が痛かった。

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