第13話

 セリナとリカンナは、ジリナに若様の厨房を手伝いに行くように命じられた。

「自分で料理するって言ってたけど、やっぱり大したものは作れないんじゃない?」

 セリナが母のジリナに聞こえない廊下に来るなり言ったので、慌ててリカンナが口元に指を立てて注意した。

「しーっ。ちょっと、万一誰かに聞かれたらどうするのよ。」

 セリナは辺りを見回した。

「大丈夫よ、きっと。」

「……もう。でも、まあ、あんたの気持ちも分かるけどさ。」

「でしょー? きっと思ったよりも大変だったんじゃないの?」

「まあ、そうかもしれないけどさ。」

 そして、厨房に入って目を丸くした。想像とは違っていた。

「フォーリ、終わったよ。」

 若様が二つある流しの一つの前で言った。鶏の羽が頭や服にくっついている。若様の役目は、しめて血抜きした鶏の羽を抜くことだったらしい。袋にびっしり羽が詰まっている。

 芋の皮をきかけていたフォーリは振り返り、やってきて鶏の仕上がりを確認した。二人ともきちんと前掛けをして頭を布で覆っていた。服の袖も肘上までまくり上げていて、しっかり料理する体勢で作っている。

「羽は残っていませんか?」

「ないと思う。残ってたら食べにくいし、綺麗に抜いたと思う。」

 毛抜きを持ったまま若様は答える。フォーリは桃色の肌の鶏を丹念に観察してから頷いた。

「確かにそのようです。では、内臓を抜きます。少し離れていて下さい。」

 フォーリが良く切れる肉切り包丁を使って切り、手早く内臓を桶に取り出して解体した。血と内臓の独特の臭いが漂い、若様はそれを眉根を寄せて少し気持ち悪そうに見つめた。それでも、嫌だとか一言も口にしなかった。

「次はどうする? 人参の皮むき?」

 気を取り直したように若様はフォーリに尋ねる。

「じゃあ、それをお願いします。」

 フォーリはしっかり手を洗うと、若様の頭と服についている羽を黙って取った。年の離れた兄が弟の面倒を見ているような感じがする。

「なんか、あまり気にしてないみたい。」

 リカンナが呟いた。心配したのは杞憂きゆうだったのか、それともえて気にしていないふりをしているのか。とにかく、若様は見た目は落ち着いた様子でフォーリを手伝っている。

 大体、それ自体がおどろきだ。自分の食べる料理を自分で作る王子様がどこにいるのだろうか。

(いや、ここにいるか。)

 セリナは考え直す。それに、フォーリが料理をするということは、厨房にかかりっきりになる。若様の側についていられない、ということで若様が料理を手伝う、という構図になっているのだろう。

(この人達には驚かされてばかりだわ。)

 そんなことをセリナが思っていると、フォーリが二人に気がついた。

「お前達、何をしに来た?」

 フォーリに尋ねられてセリナとリカンナは慌てた。つい、声もかけずに二人の様子に見入っていた。

「え、えーと、母さんにここに手伝いに行くように言われたもので。」

 焦ってセリナが答えると、若様が嬉しそうに笑いかけてくる。

「久しぶりだね、君。手伝いに来てくれたんだ。」

「若様、よそ見をすると指を切りますよ。」

 すかさず、フォーリの注意が入る。

「大丈夫だよ。」

「油断は禁物です。」

 そういうやり取りが続いた。やっぱり兄弟みたいだ。

「ここはまだいい。それよりも、部屋の掃除を頼む。」

「え、わたし達がですか?」

「そうだ。」

 今までそんなことを言われたことがなかったため、セリナとリカンナは二人してびっくりしながら顔を見合わせる。他の部屋の掃除をする際に、いつもフォーリが自ら行っているのを見ている。

「私はこの通り、手が離せない。それから、洗濯物を畳んで台の上に置いておいてくれ。」

「それも、わたし達が……。」

 セリナが言いかけたのを、リカンナがセリナの脇腹をつついて止めた。

「分かりました。」

 リカンナにつつかれたセリナも、一緒に頭を下げて若様の部屋に向かった。もちろん途中で雑巾や桶など掃除用具一式を持つ。

 二人はおそるおそる若様の部屋に入った。護衛の親衛隊の兵士が案内してくれたので、間違いないだろう。

 豪華な調度品が並んでいるが若様の物ではなく、ここを貸している領主の物である。きちんと整理されていて、これ以上、何かする必要があるのだろうかと二人は思う。

 とりあえず、少し空気がこもっているので窓を開けた。すーっと外の空気が入ってきて気持ちいい。

「はたきから始めようか。」

「うん、そうね。」

 掃除は上から、とジリナから叩き込まれている。セリナの幼馴染みのリカンナも同様だ。

 セリナは道具入れから持ってきた台に上がり、上のシャンデリアにはたきをかけようとして気がついた。シャンデリアに蝋燭ろうそくが一本もないのだ。よく見れば、壁に付いてる蝋燭立てにも蝋燭がない。あるのは机や食卓テーブルの上にあるランプと燭台だけだ。

「ねえ、どういうことかな。なんか、あんまり自分の部屋って感じではないね。借りているからってあまりにも、寝起きしているだけの感じだね。」

 リカンナがぽつりと言った。

「うん。本当は……。」

 セリナは言いかけてやめた。実際には王子様なのに、ご領主様に別荘の使用料を支払わなければならないのかもしれない、と思ったのだ。もし、そうなら蝋燭を必要最低限しか使わないのも分かるし、部屋を徹底的に掃除しておこうする意図も分かる気がした。少しでも汚したら何か求められるのかもしれない。

「早く掃除しよう。」

 セリナは言い、リカンナも頷いてあまり汚れていない部屋を掃除した。一番念入りにしたのは寝室だ。最もよく使っているし、髪が長いので髪の毛も落ちる。しかし、髪の毛は見つからなかった。フォーリがこまめに掃除しているのだろう。

 二人は手早く掃除をして、洗濯物もきちんと畳んだ。服の生地は上等だ。下着も絹のようで、始めて触る手触りに思わず二人はうっとりして頬ずりしそうになったが、ジリナに叱られるということを思い出して、必死に思いとどまった。

 若様とフォーリの衣服の洗濯はジリナの担当だったので、今まで触ったことがなかった。言われたことだけをして、二人は部屋を出た。


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