第11話

「え、なんで? なんで、あんたがお屋敷に行けるのよ……!?」

 ダナが声を裏返しながら大声を出した。ちゃんと粉をひいてきたのにも関わらず、別荘から人が来て、セリナに細かい説明の日時を伝えに来たからだ。

 使者が帰ってから、ダナもメーラも詰め寄ってきた。

「なんで、どうしてよ。あんた、粉ひきをしに行ったはずじゃないのよ…! あんたが手間取って、確実に間に合わないようにしたはずなのに!」

 二人が騒いでいると、母のジリナがその後ろに立った。ここの所、ジリナも屋敷に行っていて留守がちだったのだが、今日は帰ってきていた。

「なるほど、そういうことかい。」

 ジリナは最初から屋敷に行くことが決まっていて、村娘達を雇って働かせるための準備に追われていた。今日は久しぶりの休みだった。ダナもメーラも母がいない間に勝手をしていたことを、自ら白状してしまったも同然に気づいて唇をかみしめた。

「それで、セリナ。わたしも聞きたいね。確かにあんたは昨日面接に来なかった。面接に来れなかったのに、どうして行くことになったんだい?」

 腕を組んで返事を待つジリナに嘘をつくなどできない。セリナは素直に昨日の件を白状した。すると、ジリナが笑い出した。そして、ダナとメーラを見やる。

「あんた達、馬鹿だねえ。もしかしたら、普通の面接ではセリナは落とされたかもしれないんだよ。あの護衛がただ者ではないからね。整った顔のセリナは落とされただろうさ。それが、若様じきじきのご指名を受けるとは。」

 ジリナは青ざめるダナとメーラを横目に大笑いしてから、セリナにきつく言い渡した。

「いいかい、あの護衛の前で決して若様に色目を使うんじゃないよ。一度でも使おうものなら、すぐに追い出されるだろうよ。しばらくは大人しくしてるんだね。信頼を得るまではね。」

 まるでセリナが若様を誘惑するつもりであるかのような母の物言いに、セリナは慌てた。

「母さん、何を言ってるのよ、わたし、色目を使うつもりなんてないけど…! 大体、あの若様の様子からしても、単純に村の話だとか、そんな話を聞きたいだけだと思う。」

 セリナの言葉を聞いてジリナはふん、と鼻先で笑った。

「まあ、いいさね。いつまでそんなことをうそぶいていられるかね。あんな容姿端麗な子だと護衛も苦労が絶えないだろうよ。」

 その後、ジリナはダナとメーラに罰として半年間の粉ひき係に任命し、農作業をするように外へ追い出した。

「それからね、セリナ。お前は昨日命拾いをしたんだよ。その若様が止めてなきゃ、馬鹿共と一緒に殺されてたかもしれないよ。」

「え、どういうこと?」

「いいかい、覚えておおき。王族の護衛っていえば、ニピ族に決まってんだ。話くらいは聞いたことがあるだろう。このルムガ大陸一だという武術を持ってる一族だ。自分で仕えるあるじを決め、決めたら一生、変えないそうだよ。ニピ族を怒らせることは決してだめだ。怒らせることはただ一つ。主に手を出すことだよ。どんな形であれね。」

 セリナは唾を飲み込んだ。昨日の恐い空気を思い出した。恐怖で息さえできなかった。

「分かってるだろう。殺されるのさ。お前、その護衛が扇子を持ってたって言っただろ。ただの扇子じゃない。鉄でできた特別製でね。彼らの武器さ。それで叩かれたら、一発であの世行きだよ。一瞬だ。」

 だから、その護衛を決して怒らせるんじゃないよ、とジリナは厳しく釘を刺して出て行った。ダナとメーラにも注意しに行ったのだろう。本当に殺される所だったんだなとセリナは改めて思い、ふうっと行きを吐いた。準備をしながら、リカンナにも言っておこうとセリナは思ったのだった。



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