第8話

「……どうして? どうして村に行ったらだめなの?」

 セリナに強く否定されて、若様は少し傷ついたような表情で聞き返した。

(そんな顔をしないで……!)

 セリナは心の中で悲鳴を上げる。心臓が勝手にドキドキしてきた。

「ど、どうしてって、危ないからです。」

 きょとん、と若様は首をかしげる。愛らしい仕草にセリナは彼を抱きしめたい衝動に駆られた。かろうじて理性がセリナを引き止める。

 その時、人の気配に二人は振り返った。近くで隠れて様子を見ていた村の若者達だ。農閑期で仕事がなく、ふらふら仲間とつるんでいたのだろう。セリナは青ざめた。相手は五人。みんな顔を紅潮させている。理由はセリナと同じだ。その若様の愛らしい色気に当てられたのだ。

「よう、べっぴんさん。」

 村の若者達は引き寄せられるように、ふらふらと若様に近づいてきた。

「誰? 村の人?」

 若様は警戒心もなく、セリナを振り返って尋ねた。

「ええ、でも……。」

 セリナは少し前に出て若様をかばう体勢にした。

「よかったね。」

 セリナが言い終わる前に、若様の顔がぱあっと喜色に溢れた。

(え? 何が?)

 混乱しているセリナに若様が嬉しそうに口を開く。

「村に人を呼びに行かなくていいよ。」

 セリナは頭を石で打ち付けられたような気がした。育ちが違いすぎる。やっかいごとが増しただけだと分かっていない。それは若者達も同じ感想を持ったようだ。一瞬、ぽかんとして顔を見合わせた後、いいカモだと判断したらしくニヤニヤした笑いを浮かべる。

「俺達が手伝ってやるぜ。」

 一人がにやにやしながら近づき、セリナが止める間もなく若様の肩に手をかけようとした。

「ちょ…。」

 セリナが「ちょっと待ちなさいよ!」と怒鳴ろうとした時、ことは起こった。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

 気がつけば、若様の足下に若者が転がっている。

「私の後ろから近づかないで。危ないよ。刺客に対処するように訓練を受けてるから、考える前に動いちゃったんだ。」

 若様はにこやかに物騒なことを口にした。

「し、しかく?」

「しかくって何だ?」

 若者達は目の前で起こったことにおどろき、言葉の意味も知らなかったので聞き返した。

「うーん、そうだね、分かりやすく行ったら、こっそり人を殺すために送られてくる人のことだよ。大抵は訓練を受けているから、とても強いよ。」

 若様は大真面目に若者の質問に答える。だが、その真面目さがかえって恐怖をあおった。

「じゃ、じゃあ、お前、そのしかくってのに狙われてんのに、うろついてんのか!?」

 一人、気が利く若者が素っ頓狂とんきょうな声で叫んだ。

「大丈夫だよ、今はいない。」

 若様は慌てたように若者を宥めようとする。

「それに、私は屋敷にいるから、たまにはいない方が刺客の裏をかけるし、それに何より、ずっと屋敷にいる方がつまらないもん。ちょっと出かけてみたかったんだ。気晴らしに外に出ないとね。」

 若様は誰かに言い訳するように言いながら、うん、と一つうなずいた。細い絹糸のような手入れされた髪が風になびき、どう見ても美しく愛らしい少女のようにしか見えない。

「若様……!」

 その時、道の向こうから張りのある声が聞こえた。見ると、別荘のある方向からやってきたようだ。

「フォーリ。見つかっちゃった。」

 慌てて振り返った若様がへへへ、と笑う。

「見つかっちゃったじゃ、ありません。お一人でお出かけなさらないよう、何度もお伝えしたはずですが。」

 護衛らしいフォーリと呼ばれた男は、二十代後半くらいだろうか。思わずセリナも若者達もフォーリを、そして、その後ろから追いついてきた集団を見つめた。全員が馬の尻尾の髪型をしている。その上、後から追いついた集団は全員、制服らしい同じ衣服を着て帯剣し、外套マントを着ていた。それだけで、田舎の村では物珍しく威圧感がある。

 思わずセリナと若者達は、互いに顔を見合わせていた。今は昔ほど、村人のサリカン人に対する気持ちは敵対心に満ちていないし、村娘達がお屋敷で働いて給金を受け取れるとあって、王子である若様の来訪を受け入れる気持ちが強いが、武器を持った武人に対しては警戒心が強くなる。

 当然、王子が来るのだからその護衛だということは分かっているのだが、どうしても警戒心は拭えなかった。

 それに、セリナを初めとした若者達は、多少なりの戸惑いもあったのだ。見慣れないサリカン人の衣装の武人達がいるだけでなく、彼らがみんなそれなりに顔立ちが整っているからだ。

 特にフォーリと若様に目が釘付けになってしまう。フォーリも若様とは違うが華やかな顔立ちの美丈夫だった。そのフォーリはやや眉根を寄せた厳しい表情で若様に声をかける。

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