第7話
「はい、これを使って。」
若様は惜しげもなく、いかにも上等そうな
「……。だ、だめですよ、そんな上等な物を使えません!」
一瞬、意味を理解できず、理解してからセリナは慌てて答えた。
「でも、困ってるんでしょ?これだと麻紐みたいに太くないし、細い革を編んで作ってあるから丈夫なはずだよ。」
「……で、ですが。」
セリナは困り果てた。確かにそのようだ。でも、革をこんなに染めて加工するのは時間がかかる。かなり上等な代物だろうと考えがつくので、素直に受け取れない。
「やはり、高価すぎます。お気持ちだけ受け取らせて頂きます。」
セリナが受け取ろうとしないので、彼は残念そうに手の髪紐を見つめた。そんな顔をされると、セリナの胸がズキリと痛む。
「! そうだ、人を呼んでくるよ。君はここで待ってて。」
若様が思い付いて走り出そうとしたので、思わずセリナは手を掴んで引き止めた。
「待った! …どこに行くんですか?」
彼は不思議そうにセリナを見返した。
「もちろん、君の住んでる村だよ。村に行って人を呼んでこようと思って。」
「だ、だめです!」
セリナは急いでその考えを却下した。あまりに慌てたため、怒鳴ってしまった。やはり、彼はびっくりして目を丸くしている。
セリナが慌てたのには理由があった。セリナが住んでいる村は排他的だ。パルゼ王国からきたパルゼ人達が住んでいる村だが、未だにサリカタ王国のサリカン人だという意識がほとんどない。
パルゼ人達は貧しかった故か自分達に対して卑屈であり、受け入れてくれたサリカン人に対しても卑屈な態度を取った。それだけでなく、村にやってきた人をいじめて溜飲を下げる傾向にあった。村ができた当初は見回りに来た役人でさえ、暴力を加えていじめて帰したという。
自分達が排除するので、当然、サリカン人達にも良く思われていないし、サリカン人が森の子族と呼ぶ、森に住む住人達からも良く思われていなかった。
今ではそんな事はあまりなくなったが、今度は別の問題があった。パルゼ人達は男女問わず手が早いのだ。サリカタ王国とパルゼ王国では、習慣がまるで違う。サリカン人とパルゼ人の生活習慣は全くの別物だった。
特にサリカン人は男女問わずに髪を長く伸ばし、馬のしっぽのように結んで垂らしている。その上、男女問わずに身を飾る。例えば、鮮やかな髪紐で髪を結ぶことも、パルゼ人からしたら立派なおしゃれだ。
さらに、男性は髪を短く切る習慣のパルゼ人達にしてみれば、男がそんなことをするのは男じゃないという理屈になり、さらに整った顔立ちの多いサリカン人は格好の
男性でさえ貞操が危ういので、女性が行くのは危険極まりない危険地帯だと、サリカン人にはパルゼ人達の村は認識されている。
そんな所になぜ、領主が屋敷を建てたのかと言えば、自分達はサリカン人の国に住んでいることを意識させるためと、パルゼ人達が目の届かない所で武装蜂起など企んだりしないようにするためだった。
そのような甲斐があって、今では行商なども比較的安全にできるようになったし、
ただし、条件がある。昔からの顔なじみに限るという点だ。昔からの顔なじみならば安全に村に寝泊まりできるのであり、そうでない者は危うい。それが中年以上の年上の人ならなお安全であるが、少しでも若さを感じると危険である。
行商人が新たな者を連れてくる場合は、自分の身内だから絶対に大切にしてくれと頼む。そうでないと危ないからだ。
サリカン人に対する不満と森の子族に対する不満は、パルゼ人達の間に
『もっと、木を切って開拓したらいい。そうしたら、俺達はもっと豊かになれる。豊かになれないのは、サリカン人と森の子族が木を切らせて開拓させないからだ。』
村人が集まって飲めば必ず話題になる話だ。実はサリカン人は森の子族と協定を結んでおり、森の子族の領域である森を勝手に切ることを禁じている。そして、サリカン人が使う木は自分達で植林して育てた物を使うのだ。パルゼ人達はそのことが不満だった。
しかし、実際には森を開拓しなくとも開墾されていない土地はたくさんあった。
『もし、この村にサリカン人が……もちろん、行商の奴らは別だが、やってきたらどうする?』
『ご領主さまの息子でも娘でも関係ねぇ。たっぷり遊んで頂いてお返しするさ。』
冗談でも何でも、こんな言葉が飛び交うのがこの村の現実だ。だから、娘達に手出しさせないジリナは変な女なのである。
とにかく、こんな危ない村に、こんなに整った顔立ちの少年がいる。美少女のような美少年だ。実のところ、セリナは目の前の若様が若様であるのか、つまり本当に少年なのか断言できない。そんな可愛らしい姿の若様がたった一人で村に行ったら、どうなるか目に見えている。大変、危険だ。
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