第5話
しばらく行った時だった。ロバの
しかも、いつもは丁寧に確認するのに、今日は姉達や妹の仕打ちに対して腹を立てていたから適当に鞍に乗せたし、紐もちゃんと確認しなかった。
セリナはロバを止めた。荷物と鞍を確認しようとした時だった。ブチッいう
(あ!)
袋を押さえようとしたが、間に合わなかった。穀物の入った袋ごと鞍が落ちかかり、クーも踏ん張ったが引きずられて横倒しになった。セリナもクーの下敷きになるところだったが、誰かに直前に脇の下に手を入れられ、引きずるようにして後ろに引っ張られて
セリナは少しの間、呆然としたがすぐに誰が助けてくれたのか気になった。
(!? 誰!? 村にこんな親切な人いないし!)
そう、村人はジリナを怖れるあまり、セリナ達にもあまり接触の機会を増やそうとはしないのだ。セリナはお尻をさすりながら辺りを見回した。だが、目の前には横たわっているクーと穀物入りの袋だけが転がっている。幸いにして袋の口は開いていないので、穀物は散乱していない。
思わず穀物が無事だったことにほっとしていると、視線を感じて辺りを見回した。
「ねえ、大丈夫?」
少し離れた真後ろから声がかかり、セリナはがばっと体を大きく
(……!)
息を呑んでしまった。しばらく息をすることも忘れていたかもしれない。見たことのないほど整った顔が、セリナをじっと見つめていた。
髪の毛は長く、後ろで馬の尻尾のように垂らしているから、間違いないくサリカン人の少年で、目の覚めるような若草色と深緑色の組紐で髪の毛をまとめて結んでいた。服も見たことがないほど上等な物だ。
セリナが観察している間、それは相手も観察している時間だった。
「君、大丈夫?」
聞いたことがないほど綺麗な言葉だった。それがサリカタ語なのだと理解するまでに、しばらく時間がかかった。なまりがなくて外国語のように感じたのだ。
実はセリナが住んでいる村の村人は、元々サリカタ王国の住人ではない。五、六十年ほど前にサリカタ王国の西側の向かいあたりにある島国パルゼ王国から、貧しさと戦乱を避けて逃げてきた、パルゼ人達が住んでいる地域だ。近隣の五つほどの村がそうだと聞いている。
セリナが住んでいる村は、八大貴族と最近呼ばれている、宮廷で権力を掌握している大貴族の一人、ベブフフ家の所領でかなりの田舎にある。ここに移住してきて以来、みんな海を見たことがない。
近隣にある村だけでも物々交換なんかで生きていけるし、一番近くの街にちょっと出かけるだけで大抵のことは
その上、サリカン人といえども田舎に住んでいる人達である。方言があって
そもそもパルゼ王国からの移民達が、言葉を覚えられたのも奇跡的だと言っていいだろう。貧しくて学もない人々だった。サリカタ王国では浮浪者だと言われるような人々が、パルゼ王国では普通の民の姿だった。
パルゼ人達は貧しさの故か、支配階級に当たるサリカン人を目の敵にした。最初はもっと普通のサリカン人がいる村に受け入れられるはずだったのに、パルゼ人達が同国民以外を受け入れず、排他的だったため田舎に村を作らせることになったのである。
しかし、サリカタ王国の民になった以上は、サリカン人達と接触する機会はあるので、サリカタ王国は教師を派遣して、なんとか言葉を覚えさせた。それに、パルゼ人達も生きていかなければならない。だから、なんとか言葉を覚えたのである。
そうしてサリカタ語を覚えた村の住人達であったが、彼らの言葉はパルゼ訛りの上、独特の地方の方言と混じっていた。
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