第4話

 ジリナの決定は絶対的である。誰も変えられない。姉達の悔しそうな表情を見れば、少しは溜飲も下がるが、嫌がらせを受けるのは面倒くさかった。

 案の定、次の日からダナとメーラの嫌がらせが始まった。ロナもさりげなく加わる。毎日、何かしらセリナに仕事を押しつけてきて、セリナの仕事が増え続けた。

 セリナもやらなければいいのかもしれないが、誰かがしなければ母ジリナの雷が落ちるため、セリナがいつも渋々していた。

 しかも、母のジリナはこの所、留守がちだったのだ。というのも、屋敷に働きに行くことはジリナも同じだった。ジリナは昔、領主の屋敷で働いていたことがあるため、雇う村娘の指導など、侍女長のような役割をこなすためだ。

 村に役人が来た時に、「昔、ご領主様のお屋敷で働いたことがある」と言い、実際に役人の前で言葉遣いやら、お辞儀の仕方やら、なんやら出来てしまったため、認められた。

 村人達はそれを見て、ますますジリナに対して頭が上がらなくなった。役人はどうせ、田舎の村なので誰も適当な人材がいないだろうと思っていた。それが、できる人材がいたものだから、大いにありがたがられた。いなかったら自分達で探し出す必要があり、もし、変な人間を入れてしまったら、後で大変な問題になるだろう、と思ったからである。こうして、ジリナはトントン拍子にお屋敷で働くことが決まった。

 もうじき村に王子様が来ることになっているので、ジリナはしょっちゅう家を留守にしていた。それで姉妹達は、恐い母の目がない隙にセリナに意地悪しているのだった。

 毎日、何かしらの嫌がらせがあったが、あの夕食の日から数日後、この日は粉ひきの当番を無理矢理、代わらされた。本当ならダナとメーラが粉ひき小屋まで行く日だ。少しの粉なら家にある石臼でひけるが、大家族分のパンを焼くための粉となると、とても足りない。そのため、村に二カ所ある粉ひき小屋までひきに行く。

 村で順番に粉をひける日が回ってくるので、セリナの家ではダナとメーラ、セリナとロナが汲みになり、交互に粉ひきに行くことになっていた。ダナとメーラは自分達の仕事をセリナに押しつけ、ロナも姿をくらました。誰かがやらなければ、ジリナの雷が怒濤どとうのごとく降り注ぐ。

 仕方なく、セリナは粉ひきに向かった。ロバに小麦と大麦、ライ麦、蕎麦がそれぞれ入った麻袋を乗せ、小道を進んだ。ジリナは粉をひく順番にもうるさい。どうせ、厳密にしたって、少しは必ず混じってしまう。それでも、母の言う通り、蕎麦は黒いから一番最後にして、ひいた後は粉用のちりとりと箒で、粉ひき小屋の石臼をきれいに掃除することにも従っていた。

 ロバを引いて歩いていると、「セリナ…!」と大声で呼ばれて振り返った。リカンナが必死になって走ってくる。

「あんた、何をやってるのよ! 今日、これから別荘のお屋敷で、使用人の面接をするのよ! ロナに伝言を頼んだのに! もう、王子様もいつの間にか村に来てるんだって! 村長達と村の中心の方だけでお迎えしたんだってさ!」

 セリナは青ざめた。母はここ連日、お屋敷に泊まり込みで戻っていない。だから、ジリナから聞くという手段はなかった。

「聞いてない?」

 リカンナも勘づいて聞き返す。セリナが頷くと、リカンナは額に手を当てて、ため息をついた。

「ごめん。あたしがあんたに直接言わなかったから。これは嫌がらせね。」

 姉達も妹もセリナが面接に行けないようにするために、わざと粉ひきをさせるのだ。悔しかった。

 セリナだってお屋敷で働いてみたかった。お給金というものを貰ってみたかった。王子様だって見てみたくはあった。国の中心からやってきた人達に興味がないわけじゃない。それに、何より家での家事が嫌だったのだ。それから、逃れられる最大の機会だった。

 でも、これが現実だ。少し甘い夢を見たから。分不相応なものを求めようとしたから、こうなるのだ。

 セリナは泣きそうな気持ちを押し隠して、リカンナには普通の顔を作って見せながら、口を開いた。

「仕方ないわ。行きなさいよ、リカンナ。わたしはしょうがない。あんたは行って。」

「でも…。」

 リカンナの方が悔しそうにセリナを見つめる。

「母さんにはありのままを言うわ。」

「でも!」

「いいから。あんたにはわたしの分まで、幸運を掴んで欲しいの。」

 こんなことはめったにない。断言してもいい。一生に一回あるかないかだ。村に王子様がやってきて、住むことになるお屋敷で雇われてお給金を貰えるなんて。 

「セリナ……。」

「ね、ほら、早く。時間に遅れちゃう。」

 セリナは無理に作った笑顔でリカンナを送り出した。リカンナもしょうがないので、道を戻って行った。

 リカンナが行ってしまってから、セリナは重いため息をつく。もう、涙さえ引っ込んで出て来ない。一度、何の変哲もない雲の浮かぶ空を眺めてから、気を取り直してロバを引いて歩き出した。

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