第3話

 セリナの家でも、夕食時にお屋敷のことが話題に上った。ここ最近の話題はこればっかりだ。

 最初は王子様が村に来るなんて嘘じゃないかとか、そんな話だったが、村に役人が来て本当だと分かって大騒ぎになった。さらに今までほとんど使っていなかった別荘のお屋敷に人が出入りし始めて、ようやく人々は本当のことだと実感し始めた。

 さらに、お屋敷で人を雇うということを聞いて、一気に現実味を帯びてきたので、村人達は興奮状態になっていた。

「ねえ、誰が行く?お給金を貰えるって。」

 口火を切ったのが次女のダナだった。長女のポミラは結婚して家を出たのでいない。だから、今はダナが兄弟姉妹の実権を握っていた。

「ダナ姉さん、行くつもりのなの?」

 三女のメーラが少しだけ不服そうに聞き返す。いつも、ダナが良いところを持っていくので不満なのだが、ダナにくっついていることによって、旨味もあるのでいつも一緒にいる。

「もちろん。行くに決まってるじゃない。」

 ダナは自分が行くことが決まっているかのように、ふんと胸を張って答える。

「ダナ姉さんばっかり、ずるい。」

 セリナの妹でもある、一番末っ子のロナが文句を言った。末っ子はみんなに甘やかされているので、多少の文句は許される。

 発言権がないセリナは黙ってもくもくと食事を口に運んでいた。次男で二番目の兄のセプテンと父のオルも黙って食べている。女性陣の言い合いに割って入ってもろくな事にならないと分かっているからだ。それに、父のオルは上座に座っているものの、いつも影が薄くて空気のように存在感が薄い。妻のジリナの尻に敷かれていた。

「わたしだって、行きたいー。王子様、見たいもん。」

「ロナ、遊びに行くんじゃないの。仕事をしに行くんだからね。」

 ダナがさも知っているかのように言う。話に聞いただけで、一度も給金を貰えるようなお屋敷務めをしたことはない。せいぜい内職の刺繍ししゅうや編み物で稼いだことがあるくらいだ。

「分かってるよ、それくらい。洗濯なんかが主な仕事なんでしょ。洗濯なんていつもやってるし、わたしだってできる。」

「あんたは小さいから無理よ。」

「小さいっていうほど小さくないよ……! メーラ姉さんだって、行きたいでしょ?」

 ロナがメーラに話を振る。

「…そりゃ、行けたら行きたいに決まってるじゃない。びっくりするほど、いいお給料って聞いてるし、わたしだって働いてお金を貰ってみたい。」

「メーラ姉さんは小さくないよ。ダナ姉さんよりも慎重な所があるし、案外雇われるかもしれないよ? ダナ姉さんが面接に行ったら、落とされるかもね。」

 ダナが何でもいいとこ取りをすると思っているロナは、そんなことを言いだした。

「…何でメーラが雇われて、わたしだったら落とされるのよ。」

 ダナの機嫌が悪くなってロナをにらみつけた。

「だって、ダナ姉さんって顔がまずいもん。鼻でかいでしょ。」

 途端に鼻が大きいことを気にしているダナの目がつり上がった。

「ロナ! あんたねぇ、小さいからっていい気になってんじゃないわよ!」

 セリナはスープを飲み込みつつ、家族を観察しながら首を縮めた。喧嘩なんか始めたら、母ジリナの雷が落ちるに決まっている。

(そろそろ……。)

 セリナが思った途端、ジリナがバンとテーブルを叩きつけた。一瞬、皿が浮いてガシャ、と小さな音を立てる。

「お黙り!」

 母ジリナの一喝で全員が押し黙った。セリナの予測通り、ジリナの雷に姉達も妹も首を縮めた。

「この家で誰が行くのか決まってんだよ。セリナ、お前が行くんだ。分かったね。」

 いきなり名指しされてセリナは慌てた。自分に関係ないと思っていただけに、予想外の母の指名に困惑した。それに、姉達の嫌がらせがひどくなる。

「で、でも、母さん、わたしは……。」

「お黙り! 口答えする気かい? こういう時のために、お前に男共が手出しできないようにしてきたんだよ。いいかい、お前が行ったら必ず雇われる。そうなれば、必ず高いお給金をはずんで貰えるからね。ましてや、おかしくなっちまった王子様のお世話さ。こういう曰く付きの方がの場合は特にね。」

 母の決定に姉達が不服そうにセリナを睨んできた。だが、誰も異は唱えない。

 ジリナは非常に勘が鋭い人である。その上、この村では一、二を争うほど知識のある人で、先見の明があった。セリナはこっそり、継母なのに妙な所が似ているなぁ、と思って嫌なのだが、とにかく、やたら鋭いのだ。

 そして、有言実行する人である。何でもそうだ。実はこんなことがあった。

 長女のポミラを村で素行の悪いことで有名な若者が手込めにしたことがあった。手込めといっても、姉のポミラも結構、乗り気だったと思うのだが、とにかく、そういうことがあった。

 すると、日頃から「うちの娘に手を出したら、お前らの一物を切り取り、料理して犬に食わせる。」と公言していたが、実際にその若者が泥酔している間に実行してしまった。犬に食わせるところまでだ。村中で大騒ぎになったが、結局、手を出した方が悪いし、日頃から村人もその若者に手を焼いていたのもあって、そのままうやむやになってしまった。

 ちなみに一発で妊娠したポミラは、その若者と結婚することになり、男の子を産んで育てていたが、ある日、夫となった若者がすっかり自信喪失してどこかに蒸発してしまい、一人で育てるはめになっている。たまに食事をしに来たり、作った物を持っていったりしている。

 そんなことがあったので、ジリナは恐ろしい女だと村中に知れ渡っている。だが、その後から確実にセリナも含めて、村の男達に狙われることはなくなった。

 こういう母の決定なので、姉妹達は何も言わなかった。覆せるわけがない。

(……あーぁ、嫌だな。姉さん達の嫌がらせかぁ。めんどくさい。)

 セリナは内心でため息をついた。でも、仕事自体は悪くないと思っている。姉妹達の嫌がらせが面倒なだけで。案の定、食事が終わって食器の片付けをしていると、妹のロナが嫌味を言ってきた。

「セリナ姉さんはいいわねぇ、美人で。美人だからお屋敷に行けるのよ。」

「……仕方ないでしょ。誰でもない、母さんの決定なのよ。面倒だから行きたくない。」

「ふん、そんなこと言っちゃってー。本当は喜んでるんでしょ。」

「別にそんなことないわよ。」

 憮然ぶぜんとした表情を作りながらも、実際には妹の言うとおりまんざらでもなかった。リカンナの言うようにたぶらかすつもりはないが、この家から離れて仕事ができるのは嬉しかった。たとえ、それが洗濯であってもだ。

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