第1章 夕陽色の髪の王子様

第2話 夕陽色の髪の王子様

 セリナは時々、自分がどうしてこんなに田舎の村に住んでいるんだろうと考えることがあった。そして、無性にこの村から出たくなることがある。

 田舎の代わり映えのしない毎日にうんざりするのだ。田舎過ぎて、一番近場の街に行っただけで尊敬の目で見られるほどだ。街まで行ったとなれば「お前も一端の人間になったんだな。」などと、特に男子だと、村の大人にそんなことを言われることさえある。

 それが女だと、あんまり出しゃばるなとかそんなことを言われる。

 田舎の習慣に、田舎の見知った顔に、代わり映えのしない毎日にうんざりする。田畑の仕事をして、養蜂を手伝い、家事をして――。 毎日、毎日、同じことの繰り返し。本当にそれらに飽きているのに、この村から出て行けと言われたら、出て行く勇気もなかった。

 だって、出て行って、どうやって生きていったらいいのだろう。田舎の村で育った、野良仕事くらいしかできない小娘が、どうやって街で生きていけるのだろう。

 そう考えると恐くもあった。それに、それほどセリナ自身を押し上げる、村から出ようと思うほどの理由もないのが現実だった。

「――ねえ、知ってる?」

 セリナはリカンナの声で我に返った。

「今度、ご領主様の別荘に、気が狂っているっていう王子様が来て、住むんだって。」

「……何それ。本当の話だったの? てっきり嘘だと思ってた。」

 リカンナに言われて、気のない返事をセリナは返した。

「王子様ってどんな人なのか、気にならないの、あんたは。」

 セリナは思わず鼻で笑ってしまった。

「何よぉ、その馬鹿にした笑いはー。」

「ごめん。でも、その王子様って気が狂ってるんでしょ。美少年だってうわさだけど、気が狂っているんじゃ、どうにもならないじゃない。」

 すると、今度はリカンナが鼻で笑った。

「あんたこそ、分かってないわねぇ。気が狂っちゃってるんだから、お人形さんみたいにいるだけでいいのよ。あんなこととか、ある意味、やりたい放題かもしれないわよ?」

「……あんた、何言ってるのよ。あんまり馬鹿なこと言ってると、しょっぴかれちゃうかもしれないよ? 気が狂っているとはいえ、一応、王子様なんだし。」

「何よ、想像するだけはただでしょ。みんなおんなじよ、どうせ。」

「とにかく、わたしには関係ないから。それよりも、これをさっさとやっちゃおうよ。」

 今は冬の間、牛などの家畜に与える干し草をまとめている所だった。

「ほんと、あんたって、村でっていうか、この近隣一帯で一番の美人さんなくせに、なーんにも分かってないのね。おくてなんだから。」

「…分かってるわよ。でも、わたしには関係ないから。どうせ、わたしなんて父さんの気まぐれで、捨て猫がかわいそう、なくらいの感じで拾われてきただけなんだから。家での立場も低いし、結婚させて貰えるだけ、ありがたいって所ね。

 母さんも結納金がもったいないって言ってるし。夢を見るだけ無駄ってことよ。」

 セリナの言葉にリカンナがため息をついた。子供の頃は、もっと好奇心旺盛な少女だったのに、今ではすっかり村で好まれる“働き者の女”に継母からしこまれてしまっている。

「だから、言ってんの。あんたなら、ここから出て行ける。その容姿を最大限に生かす時じゃないの。その容姿を使って、王子様をたぶらかしちゃえ。」

 二人はせっせと干し草をまとめる手だけは動かしながら、おしゃべりを続けた。

「あんた、たぶらかすって、人聞きの悪いこと、言わないでよ。」

「とにかく、あんたはここにいたらだめ。あんたはきっと、本当はいいとこのお嬢さんなのよ。ここらの先祖代々ここに住んでます、っていうあたし達と全く違う顔つきだもん。

 その栗色の髪も、こう…なんていうの、麦穂が風に揺れて波打ってるみたいで綺麗だし、琥珀こはく色の目も光りが入ったら、緑っぽくて不思議な色だもんね。肌だって、あんた、結構色白だし。日焼けしてるから、ぱっと見分かんないけどさ。

 あたし達はみんな、どこか顔つきが似てるよ。ずっと同じとこに住んでんだから。

 でも、あんたはだめよ。出て行かなきゃ。ここにいたら、あんたがだめになっちゃう。そんな気がするよ。」

 リカンナはいい友達だ。顔だけはいいけど、家での立場が低いセリナとも付き合ってくれる。

「……めてくれてありがと。心配してくれるのは嬉しいよ、リカンナ。でも、それが現実的だって思う?だって、父さんと母さんが育ててくれた恩はあるんだし。」

「もう、十分だよ、恩は返したさ。人一倍、あんたは働いてる。今だって、こうして働かされてるじゃないか。」

「ごめん、付き合わせちゃって。」

「あたしが好きでやってんの。とにかく、別荘で人を雇うって話だから、逃しちゃだめよ。もし、行かせて貰えないっていうんなら、あたしがおばさんに言って一緒に行くから。あんたの容姿は使うに越したことはないんだからね。」

 リカンナは一方的に話を打ち切ると、仕事を切り上げにかかる。セリナも一緒に最後の干し草を束にしてまとめた。

 リカンナの気持ちはありがたいが、セリナはそんな気分になれなかった。子供が捨てられて、拾われるのはざらにある話だ。セリナもざらにある内の一人だった。それでも、拾われ子だから家での立場は弱いし、傷つかないわけではない。

 農家で子供を拾うのは、ただ同然で働かせる労働力が欲しいからだ。男の子の場合は特にそうで、女の子の場合は、将来的に自分の家の子供と結婚させて子供を産ませるとか、結婚させないで子供を産ませるだけ、という場合もある。

 セリナもすでに処女ではなかった。だが、母の監視が厳しいので、血のつながらない一番上の兄にやられた数回だけですんでいる。しかも、村中にセリナの母親が厳しいと知れ渡っているので、セリナに手を出そうとする無謀な若者も年寄りもいなかった。

 ちなみに、一番上の兄はそれが露見した時、母が手に持っていた薪で殴られた上、結婚という名目で家を追い出された。

 育ての母はセリナにも厳しいが、その点に関してはありがたかった。そういうこともあったので、余計にリカンナはセリナに家を出ろとうるさく言うのだ。

(わたしなんかが、家を出られるわけがないじゃないの。)

 そんなことを思って家に帰ると、すぐに洗濯なんかが待っていて、次々に火事に追われる。

 こうやって、一日が過ぎ去っていくのだ。

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