夕陽色の髪物語

星河語

第1話 序章

 むかし、むかし、ルムガ大陸にあるサリカタ王国に、気が狂っていると言われている王子様がいました。王子様は、二歳の時に父君の王様を亡くし、七歳の時に母君の王妃様を亡くしました。

 そして、十歳の時に王子様の叔父君が政変を起こして王様になりました。そして、王子様は王宮の奥深くに閉じ込められ、姉君のお姫様はたった十五歳で敵国との戦地に赴くことになりました。

 王子様はそれ以来、ちゃんと話すこともできなくなってしまい、気が狂っていると言われるようになりました。

 そんな王子様が、田舎の村にやって来ることになりました。王様の命令で療養りょうようするためです。でも、人々は気が狂っている王子様を王宮から追い出して、田舎の館に閉じ込めるためだとうわさし合っていました。

 王子様が大きくなっても、王様になることができないようにするためです。

 王子様がやって来ることになった村は大騒ぎです。なんせ、田舎の村で一番偉い人はご領主様しか知りません。それなのに突然、王子様が来ることになって、大変な騒ぎとなっていたのでした――。


 だれか、来て――。だれか、へんじをして――。おねがい、だれか、ここから出して――。ねえ、おねがい、だれか、だれか来てほしいの――。ねえ、だれか、ここから出して――。おねがい、おねがい――。

 必死になって泣きながら、扉を叩いている。分厚くて自分ごときの力ではびくともしない、頑丈な扉。上を見上げると、扉がとてつもなく大きく見える。

 泣いていると、カツ、カツ、カツと足音が響いてきた。出して貰えるのではないかという一縷いちるの望みを託しながらも、同時に恐怖におそわれる。

 やがて、扉の前で止まり、ガチャガチャと鍵が開けられる。さらに、もう何度か鍵を開ける音がして、いよいよ目の前に迫ってきた。思わずごくりと唾を飲む。

 勝手に体が震え始めた。ギギィーと扉がかすかにきしんで開かれた。そして、靴音の主が入るとまた、扉が閉められる。

「――上。」

 冷たく、それでいて憎しみに満ちた目。上から睥睨へいげいされるかのように見下ろされると、声は言葉にならなかった。見知っている人だけに、その目線が、その発せられる声が余計に恐ろしかった。今までとは全く違う、温かさの欠片もない態度。

「また、泣いているのか、――。」

「……ご……ごめんなさい、――上。」

 恐くて目をぎゅっとつむった所で、場面がくるりと変わる。

 誰かの手を握っている。まだ、少年の手。今まで他人の手を握ることは、躊躇ちゅうちょしてきたはずなのに。それでも、握っている。必死になって握っている。

 なぜなら、自分が手を放せば、少年は崖下に転落してしまうから。死んでしまう。少年の顔は見えない。でも、助けたくて、思い切って握った瞬間に、あんな恐ろしい場面を垣間見た。

 でも、後悔はしていない。だって、彼を死なせたくないから。胸がときめいている自分が確かにいて……。

 ただ、顔はよく見えない。

(どうせだったら、見えればいいのに。)

 いつも夢を見て、そんなことは思わないのに、なぜかセリナはその時、そう思った。

 そして、思った瞬間しゅんかんに目が覚めた。

 まだ、辺りは薄闇に覆われている。そろそろからすか小鳥か鳴き始めるだろう、早朝の時間。セリナはそっと寝返りを打った。

 時々、セリナは予知夢を見る。最近はあまり見なかった。薄い布団の中の毛布をセリナはずり上げた。毛布の中で手を握る。少年の手は思ったより硬かった。その感触が妙に生々しかったのだ。でも、嫌ではなかった。

 いつも、セリナは誰かの手を握るのを避けてきた。誰かの手を握ったり、体の一部に触れるかすると、相手の思っていることや考えていること、体験したことや記憶などを垣間見たり、聞いたり、あたかも自分が体験したかのように疑似体験したりするので、不用意に触らないようにしていた。

 なぜなのかは分からない。でも、幼い頃からそんな能力があった。だからといって、幽霊が見えるわけではない。そのことを知っているのは、家族と親友のリカンナくらいだ。

 だから、誰かと接触するのは恐いというのもある。それなのに、夢では嫌ではなかった。嫌じゃなかったという感覚が新鮮で、起きるまでの時間、眠りたいのに眠れなかった。


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