前代未聞の異能力者～自ら望んだ女体化だけど、もう無理！～

Episode02

(04.)

　言語ではなく、イメージが濁流のような勢いで脳へと入り込んでくる。

　ーー自分が異能力者という存在になったこと。

　ーー身体干渉に区分される、常時発動型の異能力を扱えること。

　ーーその能力は、僕が望んでいた願いに近い能力であること。

　それらを教わるのではなく、自分から勝手に理解し納得していく。

　異能力者になれたのだと、僕は既に確信していた。

　調べる必要もなく、僕はたった今から異能力者になった。

　それを微塵も疑わずに認識している。

　僕が変身した姿は、年齢は14歳と元の自分より二歳ほど幼い。

　だが、とにかく嬉しかった。

　本当に、本当に女の子になれるだなんて、思いもしなかったのに……奇跡が起こり女の子になることができたんだ！　

　僕はひたすらに歓喜する。

　意識が現実に戻される。

　意識が奪われてから、おそらく1秒も経っていないのだろう。

　それなのに、僕は女に変わっているのだ。

　試しに胸を揉み、再び確信する。

　小さいながらも、きちんと柔らかさのある二つの膨らみが、そこにはちゃんとある。

　……これこそ、女になった証のひとつだ。

(05.)

　僕は今の外見を見てみたくなり、異能力者保護団体に連絡するのを後回しにした。

　まだ夕方の5時半だから大丈夫だろう。

　全身が見えるだろう姿見の前に立ち、鏡に映る自分の顔・体躯・手足を眺めていく。

　肩の下まで伸びている髪の毛は、一本一本がサラサラと靡いており、透明感があって幻想的に映える。

　顔立ちには幼さが残されており、顔のパーツはひとつひとつ綺麗に整っている。

　瞳は大きく、二重瞼に睫毛が長く生えていた。

　胸にはさきほどたしかめたとおり、小さいながらも、やわらかい丘がふたつある。

　手足は細長く傷ひとつない。美しさと同時に儚さのあるイメージを抱かせる。

　指の一本一本は艶々しており、自分の手だというのに、ついつい見惚れてしまいそうだ。

　初期装備なのかなんなのか、着ていた服はどこかへ消え去り、代わりとばかりに、大人用のワイシャツ一枚と、可愛らしいピンク色の下着(パンツ)、そして足先から太ももと膝の間まで伸びている黒い靴下ーーオーバーニーソックスという三点だけ着ていた。

　……ブラはない。小さいから不要と判断されたのか？　だれに？

　ワイシャツのサイズのせいで、袖から指までしか出ない。

　まるで萌え袖みたいだ。

　いや、まるでもみたいだでもなく、これが萌え袖なのだろうか。

　オーバーニーソックスが長く、痩せ気味の足でも太ももまで伸びており、さすがに太ももだとパツパツになるおかげで、14歳の痩せ気味の足だというのに妙な色っぽさが放たれている。

　男だった僕視点で評価するなら、どう転んでも美少女と評すこと以外できない容姿。

　女になった視点ーーつまり、今この美少女となった自分視点から見た自分の評価かもしれない。それなら自分に甘くなっている可能性もあるかもしれない。

　けれど、自分の好きな女の子の“容姿だけ”を挙げてみろーーそう言われたら、まさしくこのような美少女が出来上がるだろうと確信できる。

「まさか……まさか本当にーー」

　女の子になれるなんて！

　それも、なんと美少女だ！

　知識が流れ込んで来たおかげで、僕の異能力が『身体干渉』というカテゴリーに分類されることもわかっている。

　どうやら常時発動型の異能力者ということで、自分の意志で男に戻ったり、この姿になったり、と分けることは現状できないらしい。

　でも、僕は別に、男だった人生に未練なんてない。

　今すぐ女の子として生活しろ、と言われたら、喜んですぐにそうするような精神になっていた。

「これで、裕璃のことをうじうじ考えないで済むようになれる！　僕は女になったんだから、友達に彼氏ができただけと考えることにしよう！」　

　……でも、どうしてだろう？

　絶世の美少女とまでいえるような存在になれたのに、僕は相も変わらず、裕璃について思考するのをやめることは、なぜか、なぜかできなかった。

　胸の奥にトゲのようなものが刺さり、小さく、でもたしかにある、なにかチクチクと痛みを発しているもの。これは、なんだ？

「豊花ー？　もう帰ってきたのー？」

　姿見のある洗面所に母さんが入ってきた。

「あれ……え……ええっと……あなた、だれ？」

　やばい。

　どう事情を説明すればいいのか、まったくなにもこれっぽっちも考えていなかった。

「ぼ、僕だよ、僕、豊花、あはは……」

　焦り冷や汗が噴出する。

「はあああぁ？　あなたね？　豊花は男なのよ？　それをわかって言っているの？　あなたあれ？　もしかして泥棒！？」

「ち、違うってば！　こんな姿の泥棒いないでしょ！　正真正銘、杉井家の豊花、杉井豊花だよ！　子供の頃から『女みたいな名前だな』ってバカにされてきた豊花本人！」

　どうしよう。

　どうしよう！

　どう説明すれば母さんは納得してくれる！？

「なにが豊花本人よ！　豊花なら股関にある息子、見せられるわよね？　あなたの場合、どっからどー見ても息子はついていないじゃない！　あなたの股には息子じゃなく娘がいるようにしか見えないわ！」

「たしかに女になったんだけど……そうそう、さっきまで男だったけど、いきなり異能力者なっちゃって、男の豊花から女の豊花へと変身して戻れなくなったんだよ！　嘘じゃない、信じてくれ！　あーもう、なにか僕や僕と母さんにしかわからない問題を出してみて！　それに答えて僕が正真正銘の豊花だと証明するから！」

「ゆ、豊花しか知らない問題？　そうね……なら、日毎に増えていくベッドの下にあるエロ本！　あの中で一番多いジャンルはなにかしら！？」

「え、えっ、えっ、ええっ、ちょっ！？」

　親にエロ本ばれてーら！

　しかも、多いジャンルを知っているってことは……つまり……。

「ううっ……あの、その……ロリ系、幼い女の子のジャンルが多いです……はい」

「正解よ！　凌辱強姦ものまで見つけたときの母さんの気持ちわかる！？　もう泣きたくなったのよぉ！？」

　おんおんおん？

　話が脇道に逸れていっている！

　僕が豊花かどうかをたしかめる話だったのに！

「そそそ、そっちはほ～んの気まぐれでたまたま買ってみただけで、好きなジャンルでは……」何回かは使ったけど。「ないんだよ！　だから安心して！」

　まさか、なるべく無口気味の平凡に見えるよう家族に演じていたのに、とんでもないものがバレてしまっていたなんて！

　まさか母さんとエロマンガについて議論を交わすときがくるだなんて……それも可憐でいて可愛らしい女声で弁明するだなんて、なんかショックだ。

「あなたが豊花なら、こういうのはもう使えないわね？」

「へーーちょちょちょちょっ！？」

　思わず噴いてしまった。

　母さんの右手には、『中等部ユナちゃん JC 非貫通式 オ◯ホール』という文字と、股を開いている女の子のイラストが描かれた四角い箱が握られていた。

「ちょちょちょちょちょっとちょっと！　母さん！？　さすがに、それは、見てみぬフリを、してほしかったーっ！」

「あんたねぇ、これを見つけたときの母さんの気持ちわかるかしら！？　もう息子が犯罪者予備軍になっていたなんて知ったときの衝撃ときたら！」

「大丈夫！　大丈夫だから！　三次元の幼い子には絶対！　絶対にタッチしない！　手は出さないから！　安心してーー」

「……」

「あ、あれ？　か、母さん？　だから大丈夫だからね？　ね？　大丈夫だから。手は出さないよ？　約束するから……ほーら、冷静になろう？」

「…………」

　母さんは急に黙ると、しばらく僕の全身をたしかめるように眺めた。

　しばらくして、再び口を開いた。

「どうやら本当に豊花みたいね……」

「わかってくれたの！？」

「ええ。これで豊花じゃなかったら逆に怖いわ。会話の仕方や嗜好や態度、知っている情報や焦りかたまで、みーんな豊花と同じなんだもの。どうしたの？　いくら名前が女みたいだからって、本当に女にならなくたっていいじゃない」

　“名前が女みたいだから名前を変えよう”とするのではなく“名前が女みたいだから性別を変えて名前に合わせよう”なんて考えに至る奴がいたら、もうそれは一種の天才かもしれない。

　しかし、僕はバカでも天才でもなかった。

「いやいや名前のせいじゃないから。単に異能力者になっただけ。異能力の内容が女の子になるって力だったんだよ。常時発動型だから自分の意志で元に戻れないんだ」

「え……どうして、豊花……あなたが異能力者なんかになっちゃうの！？　なにもしていないのに、どうして豊花みたいな良い子が、そんな目に遭わなくちゃいけないの！？」

　ようやく現状を把握した母さんは、この状況に対して理不尽だと言わんばかりに、涙目になりながら文句を吐き出した。

　異能力者がどのような目で見られているのか、母さんは理解しているらしい。

　過去に起きた凄惨な事件ーー異能力者道連れ連続自殺事件ーーある日、宮前区の一つのマンションに住んでいた住人が、とある時刻、同時に上階を目指して上がり始め次々に投身自殺をした事件、助かったのはマンションに偶然いなかったどこぞの兄妹だけらしい。それを引き起こしたのが異能力者だったということが判明し、世間の異能力者への目線は一気に厳しくなったのだ。

　なりたくてなったわけじゃないのに、異能力者というだけで忌避されてしまう理不尽な社会だと、母さんは僕以上に理解しているらしい。

　でも僕は、むしろ『異能力者になれてよかった』と、声を大にして言いたい気分だ。

　異能力者になった対価として、僕は美少女に生まれ変われたのだから……。

「まずは異能力者保護団体に連絡するよ。で、明日、保険証とマイナンバーカードを持って住民票を取りにいく。その足でそのまま、保護団体の施設に行くことにする」

「大丈夫？　明日朝早く行かなくちゃならないの？　一日くらい休んだら？　そもそも平日よ、学校があるんじゃないの？」

「大丈夫だよ。というより、異能力者になった場合、異能力者保護団体に名乗り出ていろいろ処理するまでは、学校には行けないんだ。たしか、そんなこと社会科の先生が言ってたはず……だから、さっさと手続きを済ませたいってだけ」

　僕は説明を終えると、スマホで異能力者保護団体を調べ、最寄りの団体の電話番号を入力して通話をプッシュした。

　電話はつい緊張してしまう。

　だからこそ戸惑わずに一気に電話したのだ。

『はい、こちら、神奈川県支部異能力者保護団体総合受付』

　電話口から女のひと……いや、どちらかというと、まだ未成年のーー自分と同じくらいの年齢の少女を想起するような声が聞こえてきた。

「あ、あの、異能力者になってしまったので、あの、れ、連絡を、入れました」

　緊張しすぎてカミカミになってしまった。

　こういう点も改善されててくれたらなぁ。

『わかりました。まずは口頭で次の質問に答えてください。一、あなたのフルネームと生年月日、年齢を教えてください』

「ええっと、杉井(すぎい)豊花(ゆたか)、2002年8月24日産まれの17歳です」

『ありがとうございます。それでは次の質問に移ります。あなたの異能力は、分類するなら次のどれでしょうか？　身体干渉、精しーー』

「身体干渉の、常時発動型です！」

『身体干渉ですね、わかりました。常時発動型……とはいったい？』

　あ、あれ？

「な、なんか、とりあえず常に異能力が発動しているタイプみたいで、自分で異能力をやめたりつかったりができないんです」

『はぁ、なるほど……ですと、とりあえず、それについては来館時に再度確認させていただきます。それでは、三。その異能力の内容を説明してください』

「お、女に変わる能力です！」

『……ええと、つまり今、電話口にいらっしゃるあなたは、元は男性だったということでしょうか？』

「はい、そうです」

『自力で元には戻れませんか？　どうにか戻れないでしょうか？』

「いや、戻れないらしくて……無理ですね」

　今のままでは自律発動は不可能だと、異能力者になった瞬間に把握したのだ。

『その状態だと、異能力から市民を守る法律の第三章第3条に違反しているという扱いになるかもしれません。もしも当団体に訪れる際に異能力捜査官等に取り調べを受けたら、緊急取締捜査に発展するまえに、既に当団体に事情を説明している旨をお伝えください』

「わ、わかりました」

　い、異能力捜査官？

　き、緊急取締捜査？

　なんだろう、麻薬取締捜査官や職務質問、尿検査みたいなやつと似たものなのかな？

『それでは、保険証や運転免許証などの身分証明書を一枚、マイナンバーカードか通知カードかのどちらか一枚。そして住民票を一枚。以上を揃えましたら、神奈川県支部異能力者保護団体の総合受付まで御足労願います。期日は本日から30日後、2018年10月9日までには来館をお願いいたします』

「はい、一応、明日行く予定です」

『ありがとうございます。少しイレギュラーな部分があるため、そうですね、早めに来てもらったほうがいいと思います。それでは、“未来(みらい)”が担当いたしました』

「ありがとうございました……ふぅ」

　マナーなのかなんなのか、待っていても相手が通話を切らなかったため、適当なタイミングでこちらから切った。

「どうなの、豊花？」

「とりあえず、さっき言ったとおりにするよ」

「それより、豊花？」

「ん？」

「……」母さんはワイシャツの裾を伸ばそうとした。「これじゃぱんつがまる見えよ？　胸もはだけているうえに……あんたノーブラじゃない！　乳首透けて見えちゃうわよ？」

「へ？　……うわっ」

　あまり考えていなかったが、今の自分の服装は、靴下とパンツだけを履き、その上からブカブカの白いワイシャツを被せただけという、かなり危ない格好だといま自覚した。これは際どい。露出狂扱いされてしまう！

　たしかに、こんな格好で表に出るなんて、襲ってくれと言っているようなものじゃないか。

「とりあえず、夕飯まで部屋で休んでる」

　母さんに告げて、僕は自室へと戻った。

　恥ずかしいから籠るのではない。

　衣服については後々考えればいい。

　単に女になったのだから、あることをやってみたくなったという理由だ。

　そう、男のままでは味わえない、とある感覚を味わってみたいのだ。