序章
Episode01
(01.)
「豊花(ゆたか)ってば、どうしたの? いきなり……顔色悪いよ?」
隣に並んで歩く幼馴染みーー赤羽裕璃(あかばねゆり)は、突拍子もなく衝撃的な言葉を口から放つ。
そのせいで、僕はしばらく呆然となってしまい、現実を受け入れまいと脳が頑張っているのか、どういう意味の言葉なのかを認識するのに時間がかかってしまった。
「もう、豊花ってば、聞いていなかったんでしょ? 実は私、彼氏出来ちゃいました~、わーわー、パチパチ!」
秋だというのに、いや、9月の上旬では、まだ夏だろう。
だからか、やたら汗を掻いてしまうのはーー。
そんな暑さを気にも留めず、裕璃はうれしさをアピールしたいのか、わざとらしく拍手する。
「あ、そ、そうなんだ……へぇ~……」
「なんか元気ないなー? 大丈夫、豊花にもいつか彼女できるって! 頑張んなさい!」
強く背中を叩かれた。
……違うよ、裕璃。
僕はずっと、君のことが好きだったんだ。
それなのに、君からすると、僕は単なる幼馴染みってだけだった。
そのことが酷く僕を苛むんだ……。
いつか彼女と付き合うようになるんだろうな……と、そうなるものだと僕は、ずっと思い違いをしていたのか。
「早く歩かないと遅刻しちゃうよ? ささ、歩いた歩いた!」
「う、うん……」
悲哀が溜まり暗くなってきた感情を、無理やり押し退け考えないようにする。
いくら嘆いたって、彼女にはもう、恋人がいるのだ。そして、僕以外と付き合うってことは、そもそも裕璃は、僕を男として見ていなかったのだろう。
今さら告白しようとも、意味はない。時既に遅し。それ以前に先月告白したとしても、おそらく振られていたんだ。
そうだと頑なに信じ、裕璃について考えないよう努力した。
くだらない雑談をしながら、僕たちは通っている高校ーー風守高校へと向かった。
(02.)
黒板をチョークで叩く音が鳴る教室で、社会の授業というのに珍しい題材を学んでいた。
黒板に『異能力者とは』と書き終えると、教師は振り返り口を開いた。
「異能力者というものは、今からおよそ15年前程から突如現れ始めた、異能力ーー要するに異能の力を持つ人間のことを指す。異能の力というのを端的に説明するなら、手のひらから火の玉を出したり空を飛んだり、普通ならライターや飛行機という道具を使わなければ不可能な行為を、起こせない現象を、生身で可能にする不可思議な力だ。異能力者は、これら異能力をひとつ使えるように“なってしまった人間”の総称だ」
五限目の授業は、最近学校からも教えるようになったらしい、『異能力者についての基本事項』
社会の枠のなかで異能力者という存在について学ばせるよう国は指導したらしい。
異能力者の歴史や異能力に関する法律、基本知識などを、社会科の枠をなるべく潰さずに、端的に教えようとする意欲が先生から伝わってくる。
異能力について初めて学ぶことになるのに、授業の初っぱなから既に飛ばし気味だ。
肝心な部分以外はだいぶ省略されていそうだ。
そもそも、異能力者なんて生で見たことない。それほど数が少ないということなんだろう。
学ぶ必要なんてあるのだろうか?
「異能力者ひとりに異能力はひとつだけ。だったのだが、どうやら近年、どう考えてもふたつ以上の能力を持つ異能力者が現れている。今年の初め辺り、区分が四つだったのが、六つに変更となった。干渉する対象で区分していた系統を、物質干渉・身体干渉・精神干渉・概念干渉・存在干渉・特殊系統の六つに変更された。一応、頭に入れておけ」
異能力者か……。
ふと思ってしまう。
もしも僕が女の子だったら、裕璃に恋人ができたことを、素直に祝ってあげられたのだろうか?
もしも僕が、女の子なら、裕璃にばかり固執しないで、他の子にも話しかけ、裕璃以外の女友達もできたのかな?
もしも女になれれば、こんな思考ーー裕璃と付き合う野郎が酷い人間だったらどうしようーーとかーーあの裕璃が知らない野郎とヤるのかーーだとかーー裕璃が処女じゃなくなってしまうーーだとか、あれやこれやを考えずに済んだのかもしれない。
横目で裕璃を窺う。
膝より高めにした制服のスカートから、健康的な足が地面へと伸びている。
ノートに授業の内容を執筆するその顔は、いつもと同じ裕璃の表情。肌が少しだけ焼けていて、健康だと主張している。
胸にはやや大きな双丘がある。多分、Dカップはあるだろう。
ダメだダメだ。
裕璃の体を嘗めるように見ていると、思わずムラムラしてきてしまった。
あの体を合法的に味わえる男がいるんだと考えると、ついイライラしてしまう。
僕は裕璃の事が好きなのであって、そういう性欲のみの好意ではないのだ!
悔しくなんてない。
羨ましいわけがない。
自己暗示のように、頭のなかでそう繰り返した。
「異能力者は無から現れるわけじゃないからな? おまえたちの誰かが、明日、急に異能力者になってしまう可能性も十分あるんだ。異能力者は異能力霊体という謎の存在に憑依されるだけで、人間から変化してしまうものーーまあ、言うなれば急性の疾患、病みたいなものだな。異能力霊体に憑依されると、大抵の者は異能力の使い方や基礎知識を一瞬で学べるといわれている。つまり、憑依された瞬間異能力者になったと考えられる。異能力者になったらどうすればいいのかだがーー」
教師は黒板に文字を書いていく。
『異能力から市民を守る為の法律』と『異能力犯罪特別法』
「これら二種類の法律に従いーー」
もうふたつ、今度は赤のチョークで黒板に書いた。
『異能力者保護団体』
『教育部併設異能力研究所』
「都道府県ごとにひとつ設立されている異能力者保護団体に、身分証明書と住民票を持って検査・確認しにいき申請しなければ犯罪だからな。これは異能力から市民を守る為の法律、第三章の4条で定められている。教科書71pを開け」
教科書を開くと、法律の一部が書かれている。
『ーー異能力から市民を守る為の法律
……
……
第三章 異能力者の指定・行動
……
……
第3条 許可を得ない異能力の行使を禁ずる。ただし、以下に掲げる者は例外とする。
1異能力者教育部従事証明書を持つ者。
2異能力者保護団体従事証明書を持つ者。
3異能力研究所に協力者として勤めており、異能力研究所管理責任者の命令で行使する者。
第4条 異能力者になった場合、以下の各号を守らなければならない。守らない異能力者は罰する。
1 異能力者になった場合、速やかに異能力者保護団体に連絡をすること。それから1ヶ月以内に最寄りの異能力者保護団体に申請すること。
2 異能力者保護団体には、身分証明書(保険証、運転免許証、パスポートなど)と住民票、個人番号がわかるもの(通知カードもしくはマイナンバーカード)の三つを提示すること。
3 連絡するまえに異能力捜査員及び異能力特殊捜査官に発見され強制連行された場合、速やかに異能力者保護団体に申請しないものとして扱われ、第五章第33条に基づき第4条1号を違反したこととする。
第5条 異能力者とは、以下のすべてに当てはまる者である。
1 全身のオーラが視認できなくなっている。
2 通常では難しい事柄や現象を個人の意志で引き起こせる。
3 幽体が本人のものではない。』
「法律ではこう定められている。おまえらも、もし仮に異能力者になっても、俺たち教師や学校に連絡しても意味はないからな? 真っ先に異能力者保護団体に電話しろ。そしたらあとは住民票やら身分証明書やらごちゃごちゃ面倒な書類準備して、すぐに保護団体まで足を運ぶように。学校への連絡はその間でいい。異能力者になったのに申請なしに普段どおり学校に来られるとこっちも困るハメになるんだ。問題を解決してから学校に来いよ? それまで休んでも構わないから」
先生は面倒くさそうに、実際面倒くさい手順を説明した後、「とはいえ、異能力者なんてほとんど存在しないから安心しろ。この学校の一年にはひとり在学しているが、普通は1000人に1人もいないんだそうだ。わざわざ社会を削ってまで異能力について知る価値なんざそんなにないだろうなぁ。ああ、テストにも出ないからな」とまで言いのけた。
テストにも出ないんか~い。
でも、異能力者……か。
もしも異能力を使えるようになれるんだったら、女の子になってみたいな。
こんな性欲なんかがあるから、裕璃を友達ではなく異性として意識してしまうんだ。
僕が女なら……こんな辛い思い……しなくて済むのに……。
授業の終わりを知らせるチャイムを聴きながら、僕は未だに裕璃のことばかり考えてしまっていた。
(03.)
自宅はなんの代わり映えもしない、ごく普通のマンションの一室だ。
両親二人と姉一人の四人家族、平々凡々といえるだろう。
はー、やる気でない……。
無気力感に苛まれながら自室のベッドで寝ていると、隣の部屋から何かが聴こえ、煩くなり仕方がなくなってくる。
こちらの壁にぶつかる音がしたかと思うと、雄叫びのような叫び声まで耳に入ってきた。
騒がしいなぁ、なにかのゲームでも大音量でやっているのか?
まあいいや。そんなことよりも裕璃のことだ。
そうだ。もしも僕が女なら、下心なく裕璃と接することができるし、裕璃以外の女友達だってつくれたのに。
ーーやめッ!
ーーガタタッ!
「え……?」
今度は明らかに聴こえた。
しかも、やめろという懇願するかのような声がしたかと思えば、今度は誰かが倒れるような音が響く。
ーーかと思えば、煩かった音が静まる。不自然なくらい音はしなくなった。
……さすがに、なにかあったのではないかと気になってしまう。
でもお隣さんだからな~……。
「だ、大丈夫ですか~?」
静かに壁をノックする。
壁の向こうの隣の住人には届かないだろうけど、なんとなく声をかけてしまう。
そのとき、目の前にある壁の中から、目には見えない謎の存在が抜けて出てきた“気がした”。
「ーーえ?」
そう、気がしただけ。
しかし、それが僕の体を覆い尽くしてくるのが、感覚でわかってしまう。
そして、次の瞬間、脳裏にさまざまな知識が濁流のように入り込んできたーー。
ーー。
ーーーー。
ーーーーーー。
(?.)
ーーそして、僕は少女になった。
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