前代未聞の異能力者～自ら望んだ女体化だけど、もう無理！～

Episode03

06.)

　夜の7時前。

　自室のベッドの上に座り込んだ僕は、ワイシャツのボタンをすべて外した。

　外し終えたら、ワイシャツを脱ぎ捨てる。

　すると、それだけで眼下には二つの小さな小さな胸が広がる。

　ほんの少しだけしか膨らんでおらず、それが未成熟の証ともいえるだろう。

「ははっーーす、少しぐらい、試してみるだけだから、大丈夫、大丈夫ー」

　僕は両手で胸を覆うように、試しに強く摘まんでみた。

「いたっーー！？　な、なんで、痛いんだろ？」

　胸本体を、そう考え、胸を指で掴んでみた。

「つーー痛い？　い、痛い……だけ？　おかしい、全然、気持ちよくない？」

　おかしい。

　おかしいおかしいおかしい！

　本やネットには、たしかに書いてあった！

　男より女のほうが気持ちいいと、書いてあったはずなのに！

　なのに、なのになのになのに！

　どうしてまったく気持ちよくなれないんだ！？

「き、気を取り直して、メインディッシュにしよう」

　胸をあらわにした僕は、片足を上げて下着を脱いでいく。

　ものの見方が変に男のままなせいか、自分の身体の一部なのに、やたらと興奮してしまう。

　ここってこうなっているのか、へぇー。

「……ちょっと、ちょっとだけだから」

　だれに言うでもなく言い訳を呟き、僕は股に指を伸ばした。

　それを指で触りーー。

「いっつ？　いた、いたたた……え、あれ？　うそ？　本当に痛いだけなの？」

　気持ちいいとかいうレベルの話じゃない。

　もはや痛いか痛くないかの違いだけしかなかった。

　股がヒリヒリする……。

　強く摘まみ過ぎたのか？

「あーあ……わくわくして自家発電に挑んだのに……これじゃ、ムラムラしたときどうやって発散すればいいんだ……」

　早速現れた性差問題。

　おそらく、女になってまだ一日も経たない僕では、気持ちいいように身体を弄ることができないのだろう。

　練習し続けることで、いつか絶頂とやらも体験できるはずだ。

　それまで頑張ろう！

　当初の目的とは無関係なことを決意し、僕は心を新たにした。

(07.)

「はぁ……」

　便座に股がりながら、僕はため息する。

　尿意に襲われ慌ててトイレに来たものの、あやうく立ったまま放尿するところだった。

　尿道の位置が違うせいで、今の身体で立ったまま放尿したら、トイレ中を汚してしまっていただろう。

　便座に座り数秒、すぐに尿が発射された。

　どうやら男よりも放尿する勢いが強いらしい。

　座ってしても音がする。

　放尿を終えても、男みたく棒を振ることができないため、股に尿が付着したままだ。

　どうするか考え、多分みんなこうするのだろうーーそう思い、僕はトイレットペーパーで恥部を綺麗に拭い取った。

　……トイレだけでも、男女の差は少なからずあるのだと僕は知った。

「ふぅ」

　僕は全裸にワイシャツといった姿のまま、トイレの扉を開けた。

「ただいま～裕美花(ゆみか)ー、豊ーーかぁ？　んー？」

　トイレの前を、父さんがタイミングよく横切ってきた。

　そういえば、まだ父さんにはなにも説明していないじゃないか。

「き、きみは、もしかして……」

　唖然としている父さん。目のやり場に困ったように視線を右往左往させている。

　とにかく弁明しなければ、他人の家に変態ロリータが侵入してきたと思われかねない。

「いや豊花だよ、豊花だかーー」

「やっぱり！」父さんはいきなり笑顔になると、右手を勝手に握ってくる。「豊花のヤツ、彼女がいたんだな～。いきなりごめんね、豊花の父です。アイツは陰気に見えて趣味になるとべらべら喋るからびっくりするでしょ？　ってきみ、その格好まさか……」

「いや、ちがっ」

「だよな、いくら豊花でも手を出すのは早いものな。アイツ、ロリコン趣味は二次元だけかと思えば、現実でも年下狙いじゃないか。きみ、名前は？　変な事されたら報告してくれよ？　なんていうかその、いまのきみの格好を見るとね？　アイツ、やらかした気がしてならないんだ。素直に言ってほしい、ビシッと言っておくから。場合によっては、息子だって警察沙汰だ」

　どないして父さんまで、僕がロリコンだって知ってるん？

　っていうか父さんも顔を赤らめて舐めるように幼き四肢を見てくるじゃないか！

　どっちがロリコンだ！

　たしかに、こんな格好した中学生の女の子を自宅で見かけたら、そう疑われても仕方ない気がする。だけど、最初から僕がロリータ・コンプレックスだと知っていたみたいじゃないか。

　え、え？

　なんなの？

　みんな母さんから連鎖しているの？

「だから……杉井豊花」

「え？　うちのバカ息子、やっぱりーー」

「違うって！　僕の名前が杉井豊花だって言いたいの！　豊花の彼女じゃなくて豊花そのもの！　豊花本人だから！　詳しくは母さんに聞いて、母さんには説明したから……」

「え、え？　か、母さ～ん、裕美花ーおーいっ、聞こえてるかな？　ちょっといいかー？」

　そうだ、それでいい。

　聞き耳を立てていると、後ろから両親の会話が聞こえてきた。

　なになに……。

「本当に豊花なのか！？　あの可愛い子が！？　てっきり僕は豊花の彼女だとばかり……」

「そうよそうなのよ、びっくりよね？　でもね、あなた、よーく考えてみなさいよ？　豊花にあんなにかわいい彼女がつくれるわけないじゃない。もしも彼女だって言い出したら、それこそ詐欺や売春、とにかくなにか裏があるに決まっているわ」

「そ、それもそうだな。たしかに、あんな綺麗な娘が豊花の彼女なわけないもんな。そう考えると、可愛い彼女がつくれないなら自分が可愛い女の子になってやるって変身したほうが、まだ信憑性のある話だ」

　くそっ、めちゃくちゃ言いやがって！

「だいたい、もしも豊花の彼女があの娘なら、その時点で豊花は犯罪者間際よ？　絶対に手を出すわ。ロリコンだもの。あの娘の背丈、145cmにも届かないじゃない。もしかしたら140cmのほうが近いかもしれないのよ？　まだ小学生の可能性もあるわ」

「高校生が小学生を彼女だと宣って連れ歩くーー犯罪者そのものじゃないか！」

　小学生に見えなくもないけど、一応14歳なんだぞこのからだ！

　異能力者になった瞬間、それは疑問の余地がないほど無条件で確信したから間違いない！

　中学二～三年生に見えてくれなければ困ってしまう。

　ちなみに、異能力が身体に干渉するもの・物質を変化させたり生み出す能力・意識や意志、想像や思考をどうこうする力・概念を操る能力・在るまたは無いを操るもの、大まかに五種類あると認識できている。

　なぜか現実の情報とは違い、特殊系統についてはなにひとつわからなかったけど……。

「あっ、豊花いたの？　もう夕御飯できるわよー？」

「……」

　とりあえず、いまは難しいことへの思考は放棄して、ご飯を食べて風呂にでも入って寝るとしよう。

(08.)

　父、母、僕、そして一番最後に帰ってきた姉ーー裕希(ゆき)姉(ねぇ)の四人でテーブルを囲い、夕食を口にしていた。

「ゆったー、マジで女になったの？　ママやパパは何だか信じてるけど、私には全く信じられないんだけど」

「信じてくれとしか言えない……とりあえず、僕は豊花で間違いないってことだけは断言するよ」

　裕希(ゆき)姉(ねぇ)から疑惑の眼が向けられつづけ、気になって気になって仕方ない。

　気にしない気にしないーーそう考えながら、僕は夕食の鮭に箸を伸ばし、身を抉り取る。

　それを白米に乗せたら、茶碗に口を着けてご飯を流し込むように入れていく。

「もぐっーー！？」

　しかし、すぐに喉に詰まり、息ができなくなってしまう。

「あー、たしかにゆったーみたい……だー、女の子ならもっと丁寧に食べなさい！　ゆったの今の姿と、その荒い動作や座りかた、食べ方も含めて似合ってないよ！　違和感ありすぎるからちょっとはなおせ！」

「げっほ！　げほっげほっ、げぇーっ……はぁはぁ、ご、ごめん」

　飲みきれずにティッシュの上に飯を吹き出し、なぜか裕希姉に謝罪するのだった。

　というか、動作や座りかたや食べ方が今の見た目に合っていない？　

　そういえば、あまり考えていなかったが、姿は変わっていても、歩いたりなにかしたりするときは、男だったときと同じ感覚で動いてしまっている。

　それは違和感を与えるものなのだろうか？

「あと、服は変えあるの？　もしかして、それ。その靴下とパンツ以外、女物の服がないんじゃない？」

「……うん」

「やっぱり……。しょうがない。私が自分で服を買うようになったのって中学生ぐらいからだからさ、それ使っていいよ。多少はブカブカでも、無いよりマシでしょ？」

「この身体、一応14歳らしいんだけど？」

　家族みんな、首を傾げてしまう。

「いや、中学生といったら、普通は150cmくらいはあるわよ？　あんた、四捨五入したら140cmしかないじゃない。小学六年生、よくて中学一年生にしか見えないわ。14歳には無理があるんじゃないかしら？」

「いや、でもたしかに14歳だって……」

　いや、このさい年齢なんてどうでもいいか。

「とにかく、食べ終わったら私の部屋に来な。何着か選んであげるから、明日からそれ着て出掛けなよー。あと、見た目は美少女だってのに、動きの端々から男らしさがあるせいで、なんだかアンバランス。ゆったー周りから奇異な目で見られたくないなら、少しは女らしくしなさい」

「う、うん。ありがとう、裕希姉。女らしく……かぁ……」

　あまり考えていなかった。

　そう、あんまり考えていなかったのだ。

　女になれたというだけではしゃいでいたが、今の段階では、外装が女に見えるだけで、中身は男そのものじゃないか。

　もっと女らしさを醸し出さなければ、裕璃以外の女子と仲良くなることなんて、きっとできない。

　ひとまず今できることとして、大きく広げていた野蛮な足を、清楚な雰囲気を出すためしっかりと揃えて座り直した。

　あとは、ガツガツ食わずに、ゆっくり、丁寧に食べることにした。

(09.)

「この辺りかにゃー？　んー、おっ、あったあったー」

　姉の部屋に、裸ワイシャツで鎮座する者。それはまさしく、僕のこと。

　箪笥の一番下を引き出すなり、奥に手を伸ばしながら衣類を漁り出していった裕希姉は、なにかを掴んだのか、声をあげながら腕を箪笥から引き抜いた。

「まずはこれ。まだ9月だし、ちょうどいいんじゃなーい？」

　裕希姉は清楚な白いワンピースを差し出してきた。

「あ、ありがとう」

　ひとまず受け取り、サイズを見るために広げてみた。

「あれ、裕希姉って小柄だったっけ？」

　このサイズなら、この身体にも丁度よさそうだ。

「チビだったけど、なにか？　つーか、だからこそサイズ合うかもしれねーなーと思ったからこそ、こうやってプレゼントしてやってんじゃん生意気なー」

　裕希姉が中学生の頃、つまり、中学生＝12～15歳だから14歳くらいとしたら……8(年)＝22(歳)－14(歳)、今から八年前に裕希姉が着ていた服になる。

　つまり、僕がまだ8歳児の頃の裕希姉だ。

　覚えていなくても無理はない。

　裕希姉は、いくつか適当に洋服を取り出すと、ひとつずつ叩いて広げて確認していく。

　畳んだ衣服を左右に別けている。どうやら、片方を僕に貸してくれるらしい。

「このショーパンなんてガキん頃に買ったヤツだし、多分いまのゆったーにはピッタリ合うんじゃね？」

「ぱ、パンツ？」

「トランクスっていえなくもないけど、全然違うから。要するに、丈が短いズボンのこと。それの下にパンツを履くんであって、それの上にズボンやスカートを着るんじゃないからね？」

「な、なるほど……」

　ショーパンーーつまりショートパンツか。

　これを着て歩くのをイメージすると、少し以上に過激な気がする。

　ほら、腰の辺りにハートマークの穴が一ヶ所空いているし、これじゃ、男(ロリコン)を誘うために作ったみたいじゃん。

　少なくとも、僕なら手は出さずとも、しばらく近場で股関辺りを凝視してしまうだろう。

　いけないいけない、卑猥な妄想はよそう。

「あとはカットソーをいくつか渡すから、それとパンツって組み合わせや、今からスカートも出すから、下はそれにしてもいいんじゃない？」

「う、うん」

「とりあえずさぁ、一回それに着替えてみな？　私がチェックしてやるから」

「え、えっと……これに？」

　僕の手には、今しがた渡されたシンプルな淡い青色のTシャツと、かなり短めのショートパンツが握られている。

「そそ、それにちゃちゃっと着替えてみ？　私がファッションチェックしてやっから。色合いとか微妙だけど、全く合わないわけじゃないから大丈夫っしょ？」

「わ、わかった。着替えてみる」

　僕はワイシャツを脱ぎ捨てた。

　まずはショートパンツに足を通して腰まで上げていく。

　意外なのか予想どおりなのか、きちんと今の身体のウエストに合っており、ずり落ちたりする恐れはなさそうだ。

　しかし、今まで男として暮らしてきたせいか、こんなに足を出すズボンなんて着た試しがない。どうしても、太ももが露になっていることに対して羞恥を抱いてしまう。

　次はTシャツに首を通し袖に手を通す。

　こちらは少しだけサイズが大きく、やはり手のひらがすべて出ない。

「おいおい、なにそれ？　なんなのそれ誘ってんの？　あっは！　それノーパンみたいだよ？　ぶっ！」

　自分から着ろと仰ったのに、噴き出すなんて酷くはないでしょうか？

　そう言いたいが、杉井家の家訓のひとつは、『姉の暴虐には逆らわずに耐えるべし』と刻まれている。逆らっても逆ギレされるだけだ。

　そう考えおとなしく座ったまま、次の反応を待つことにした。

　まあ、確かに、Tシャツの裾が長く、また、ショートパンツが短いせいで、ショートパンツにTシャツが覆い被さり、まるでTシャツから生の足が生えてるように映ってしまう。

　ただでさえショートパンツだけでも刺激的だというのに、さらに刺激的な格好をしてどうするつもりだ。

「も少し短いシャツあるから、それ着りゃ解決だね。はい。シャツやスカート、いくつか着れそうなの纏めたから全部あげるね。どーせもう着れないし」

　結構まとまった量の衣類を、すべてそのまま渡してきた。

「うわっ、とと……ありがと、裕希姉。助かったよ」

「どういたしまして。昔から妹ほしかったから、意外と楽しかったよん。いつ弟に戻る系？　いつまで妹でいるん？」

「……え？　いや、その、多分……戻れない……」

　そう言うと、裕希姉は普段と変わらない表情のまま、普段は口にしないような言葉を口にした。

「まっ、強く生きろよー。生きてりゃいいことあっからさ？」

　…………別に、僕は男に戻れないからといって、なにも気落ちしていないんだけどなぁ。

　しかし、なんだか裕希姉の励ましが、しばらく消えずに心に残るのであった。

　自室に戻るなり、僕は布団に潜りまぶたを閉じた。

　明日は……朝から異能力者保護団体に行って……それから……。

　………………。

　…………。

　……。