五分の遅刻④

「僕は5分の遅刻くらいどうでもいいと思える人だったんだ」


 意外だった。彼の学校の様子からは想像できない。無遅刻無欠席。なんなら予定の10分前には必ずいる彼だ。そんな彼の意外な一面を知り、とっさに口が動いた。


「どうしてどうでもよくないと思えるようになったの」


「中学生のときに遅刻が原因でめっちゃ後悔したことがあったんだ。だからもう二度と後悔したくないし、同じ思いをしてほしくないんだ」


 僕のエゴでしかないんだけどね。彼は笑いながらそう言った。


 具体的なエピソードだったわけではないが、彼の考えが大きく変わるほどの後悔だったんだと思う。それと同時に、なんてサラッと口にすることができる彼のことを少しかっこいいなとも思った。


 「まもなく 5番線に都心行き 列車がまいります」


 ホームにアナウンスが響く。ガッタン ガッタンとレールの振動がはっきりと聞こえる。

 

 彼もこの電車に乗るのだろうか。もしそうならば断わられることはないだろう。


「都心まで一緒に行かない」


 たぶんさっきの話を聞いて、彼に興味を持ったんだと思う。

 私は彼のことをもっと知りたかった。

 もちろんそこに恋愛的な意味はなくおそらく憧れの意味で。

 それで私はさっき言おうとした言葉を口にした。


 私ずるいな。つい五分前までは持ち合わせなかった気持ちを添えて。


 

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