第4話 グリーンキス

「何時頃?」

「今朝五時半です」


 Ayaは別れを告げて他を当たりに行った。

 今日は確かに晴れ渡っている。

 Kouが出て行った原因がそれだとしたら余りにも悲しい。


「雨女だったらよかったわ」


 一方、むくはアパルトマンのドアに鍵をし、『眠りの乙女』をイーゼルに置く。

 グリーンを筆にしようとしたときだ。

 アトリエにしている部屋にノックがあり心臓が跳ね上がった。


「アチャ! Aya様ですか?」


 壁にもたれかかったのは、Kouだった。


「俺は、もうAyaとは暮らせないんだ」

「どうなさったのですか?」


 Kouは絵を覗き込む。


「Ayaとむくが草原に休んでいる。乙女の吐息と草の息さえも届くようだ。深い感じがいい絵だな」

「アチャ! 私、褒められたのは初めてです」


 Kouはドイツの病院でのむくを思い出していた。


「むくも病を乗り越えて、自分を『私』と呼べるようになったのだよな」

「ええ、医師の父も付き添ってくれた母もよくしてくれました。性別が分からずに自分のことを『むく』と称しておりました」


 自力で立ち直り、大した度胸だとKouは振り返る。

 Kouも両親に協力した。


れい殿と美舞みまい殿か。もう少し話したかった」

「じきにパリに仕事の場を移すそうです」


 Kouは、それならば、ここも早々に去らなければならない。

 雨の湿り気を感じた日にAyaへ接する以外、潜っているのが性分としていた。


「くっ。一人娘だからな」


 ひとしきり笑った。

 Kouはいつもすましているのに。

 むくもつれられて首を傾げて微笑んだ。


「ん? シュヴァルツ・ドラッヘが香ったな」


 その瞬間Kouが消えていたのでむくは目を丸くする。

 再び呼び鈴でむくがドアを開けると、Ayaは確信を得ていた。


「Kou様はいらっしゃらないです」

「むく様、失礼いたしますわ」


 カーテンの中からトイレの中まであらゆる所を恋と言う野性的かつ人間的な衝撃で女豹のように嗅ぎ回った。

 そのさまは、むくの心臓から繊細な指先までゲルニカが走る。


「残り香に嘘はないわ。Kouが見つかったら、ご報告するわね」


 夜八時になっても二人とも帰って来なかった。


「焦らないです」


 便りひとつで近くに居を構えた神友や友人をゆっくりと待つことにした。

 グリーンのドアが開き、むくは出迎える。


「よかった、帰っていらし――」


 いきなり唇を奪われた。

 いつの間にか降っていた雨にドキンとする。

 濡れすぼったKouが小柄なむくに合わせて背中を丸める。


「ん……」


 ファーストキスは神友の友人となった。


「どうし……?」


 むくはAyaではないことを不思議に思った。


「あ……!」


 抱き締められて小鳥が逃げないように後ろに手が回った。

 背中を撫でて腰へとスライドさせる。

 初めて腔内に何か熱い情熱が流れ込んで足までも震えてしまった。

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